35週の早産で息子が産まれた時のこと

今日は息子の15歳の誕生日です。

今ではすっかり大きくなって、身長173センチくらいあるのかな?

中学ではバスケ部に所属して、すっかりスポーツマンですが

産まれた時は早産の未熟児で、保育器に入ってました…(・ω・)

息子は姉と1歳2カ月違いの年子なので

娘のお世話で妊娠中もハードに動き回る日々だったのが原因だったかもしれませんが

娘の時も早産気味だったので体質的なものもあったと思います。

 

妊娠7カ月のある日、軽く継続的な陣痛に似た痛みに襲われました。

お腹が張ることはしょっちゅうでしたが、継続的な痛みが続くのはおかしいと感じ

すぐにかかりつけの産婦人科へ行くと

すでに子宮口が3センチ開いていて、早産の危険性が非常に高いとのことで即入院を言い渡されました。

まだ1歳になったばかりの娘を、夫、母、夫の両親に交互に預けて入院することになり

娘がかわいそうで気になってしょうがなかったことを覚えています。

 

子宮の収縮を抑える24時間の点滴と安静でしたが

点滴の落ちる速度は時間と共にどんどん上げられ

入院した日の夜は心臓がバクバクと激しく鼓動し、苦しくて眠れませんでした。

夜中に、近くに住んでいた先生が診にきてくれたのを覚えています。

それから2カ月近く点滴をしながら入院し、産まれても何とか助かる週数に入った

妊娠35週に点滴を外しました。

点滴を外した翌日に息子は産まれたので、点滴が無かったらもっと早くに産まれてしまっていたと思います。

先生から「今だから言うけど、正直入院した晩に産まれると思ったよ。それぐらい危ない状態だったのに、よくここまで持ちましたね。」

と言われて本当にホッとしました。

 

しかし…

先生が帰った後に息子を見た母が

「指がナスビみたいに黒いし、全然泣かないし、変だよ。」と言うのです。

すぐ助産師さんに伝えると、保育器は温めてなかったとのことで

急いで受け入れてくれる小児科を探してくれました。

幸い近くの大病院の小児科の保育器が空いているとのことで

息子は体温保持のためサランラップで巻かれ、夫が付き添う救急車で運ばれて行きました。

 

2時間程して戻ってきた夫が言うには

息子の肺は片方しか開いておらず、ステロイドの点滴で肺の水を抜く処置をするが

72時間がヤマで、オシッコになって肺の水が抜けなければ助からないと思って下さいと言われたとのことでした…。

さっき産まれたばかりで、ちょっとしか会っていないあの子がもしかしたら助からない…?

頭が真っ白になり、私の中でその話は完全にシャットアウトされました。

そんなはずはない、絶対に助かるに決まってるのに何を言ってるんだろう…。

空っぽになったお腹が不思議な感じです。

さっきまでここにいたのに!

 

夫が帰った後、一人で泣きました( ; ; )

妊娠中もっと大事にしていたら、もっと点滴を長くしていたら、年子でなければ…

色んな後悔が頭を駆け巡りました。

 

翌日夫から、息子の肺の水が抜けたと聞き、本当に本当にホッとしました(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

良かった!助かった!

まだ、お見舞いに行けない私の代わりに小児科に通ってくれる夫に感謝でいっぱいでした。

 

この時の小児科の先生が大変素晴らしい先生で

夫に毎日必ず病院に来て、保育器に入っている息子を抱っこする様に言われたそうです。

産まれてすぐの接し方が少ないとその後の育児にも影響が出ることが分かっているので

あえて面会を強制しているとのことでした。

保育器に入っている赤ちゃんの面会は両親以外禁止なので、これはお父さんの役割で

病院は24時間面会可能なので夜中でも早朝でも構わないですから、と。

おかげで夫は仕事帰りに毎日通い、息子には自分しかいないと父性を強く抱く様になったようです。

その時同じ病室で、別の小児科の保育器にお子さんが入っていた方は

旦那さんも忙しいからと毎日は行っていないと言っていたので

あの時の小児科の先生には今でも大変感謝しています。゚(゚´ω`゚)゚。

出産から3日目にやっと私も外泊許可がおり、息子に会うことが出来ました。

産まれた直後は水色にむくんでいた赤ちゃんがすっかり細く赤くなって

鼻にチューブは入れているもののスヤスヤと眠っていました。

まだまだ小さくて折れそうな細い腕や足…。

本当ならもう一緒に過ごしているはずなのに、1人で寂しくさせてごめんね…。

大事に抱っこすると薄目を開けて、弱々しく乳首を吸おうとします。

でも、まだ力が足りないので搾乳した母乳を鼻のチューブからあげるしかありませんでした。

 

息子は週数の割に体重があった様で、先生から

「糖尿の家系ではないですか?」と聞かれました。

確かに、私も夫も父親が糖尿病です。

「そういう遺伝のある子は太って産まれやすいんだよ。

でも、同じ週数なら体重がある方が体力もあるから今は有利かな。」

そうか…将来は気をつけなきゃならない遺伝子だけど

今は少しでも有利に働いて早く大きくなってほしいな。

 

その後息子は、黄疸が出たりしながらも2週間程で無事に退院できました。

退院後は娘の世話にも追われ、なかなかゆっくり母乳をあげられず

母乳の出も良くなかったのか、すぐにお腹を空かせて泣くことが増えたので

早く飲ませられる粉ミルクを足すことが多くなりました。

結局生後2カ月くらいで母乳を諦めて粉ミルクにしてしまったのですが

息子はメキメキ大きくなり、検診で注意されてしまいました。

母乳はいくらあげてもいいけど、粉ミルクは1日に1ℓ以上あげてはいけないそうで

すでに息子は1日に950mlも飲んでいたので、セーブする日々でした。

それでもぐんぐん大きくなって、生後半年には平均身長、平均体重共に上回りました。

早産で産まれた息子が大きく育ってくれたことで、どれだけ安心して感謝したか分かりません。

今では早産だったとは信じられないくらい大きくなってくれて本当にありがたいと思っています。

小児科の先生から身長は遺伝の要素が強いから、早産とかは関係無いよと言って頂いてはいたのですが

もし、息子の体が小さかったら、私はずっと自分を責め続けていたと思うのです。

 

そんな息子も15歳。

もう巣立ちも間近に迫ってきましたが、あともう少しの時間、

同じ家族としてこの家で過ごしていければと思っています(*´꒳`*)

子供を育てるのって、盲導犬のパピーウォーカーに似ていると思います。

神様から預かった赤ちゃんを一生懸命可愛がって育てて、

一定の時期が来たら社会のお役に立てる様に社会に返す…。

自分の子供であっても、同時に社会の子供でもあると思うのです。

今、こうやって子育てをさせてもらえてることに改めて感謝した誕生日でした(*^ω^*)