大量の漬け物作業をやりたがる77歳母、ついに引退!か?

今年で77歳の母は、今の時期、毎年大量に漬け物を漬けたがります。

漬け物が大好きというよりは、激しい義務感で漬け続けてきた様に思います。

 

かつて実家では飲食店を営んでおり、そこで北海道の漬け物「にしん漬け」を出していました。

この頃は四斗樽という大きな木の樽4個に「にしん漬け」、

自宅用に三斗樽1個にタクアンを漬けていました。

 

 

私が小学生の頃は、10月半ば過ぎになると

土付きの大根150本を庭の水道で洗う作業に弟と共に駆り出されました。

父は基本的に何もしない人だったので

母と、小学3年生と4年生の2人という、今では信じられないメンバーでの大作業でした。

当時の北海道の10月半ば過ぎは今より寒く、もう雪がちらついていて

かじかむ手で大根を洗ってムシロの上に並べました。

洗った大根は一本一本ピーラーで皮をむいて、荒縄で物干し竿に吊るして2週間くらい干します。

大根の干し上がる11月初旬に「にしん漬け」を漬けるのですが、これが重労働でした。

メンバーはまたもや母と小学生2人。

さすがにこの日は父も多少は手伝いましたが、

中座ばかりしてほとんど何もしていなかったと記憶しています。

タクアン用に30本の大根を残し、120本の大根は「にしん漬け」用に乱切りします。

巨大なキャベツは3球ざく切り、人参、生姜は千切りします。

極め付けが「みがきにしん」のウロコ取りとカットです。

朝から夕方いっぱいまでほとんど休憩無しで漬けるこの「にしん漬け」作業は

途中でにしんを「みがきにしん」から

真空パックされている「糠にしん」に変えたことで

パッケージ開けと糠洗いと

にしんの三枚おろしという手間が加わってさらにパワーアップしましたが

おかげさまでお客様には大変好評でありました。

 

そんな飲食店も今から16年前に閉店しました。

私ももう娘が産まれた28歳。

小学生の頃から強要されてきた漬け物作業からやっと解放されたと思っていたら

母から「今年は店もやめたから三斗樽3個とタクアンだけにしたよ。」と言われました…。

え?

お客さんに出すわけでもないのに、何でそんなに大量に漬ける?

「漬け物はたくさん漬けないと美味しく漬からないからさ。」

いやいやいや、誰が漬けるんだって話し。

すでに60歳を過ぎた母と70歳を過ぎた父。

弟は仕事であてになりません。

当然の様に、また私が強要されての漬け物人生第2章の幕開けでした(~_~;)

 

それから14年間、少しずつ量を減らして、最終的には「にしん漬け」三斗樽1個になり、

土付き大根を干す作業もやめて、最初から干してある大根を使う様に簡略化してきました。

樽は水分を吸って重くなって大変だった木製から

プラスチックタイプに変更し

重石も不揃いの庭石を組み合わせて使うのはやめて

安定するポリエチレン製のものに変えました。

 

…が、父は亡くなり、母は75歳。

漬け物を漬け終わったあとの母の毎年のセリフ「あ〜やっと今年も大仕事終わったよ。」と

「結局自分ではほとんど食べないで人にやってるんだわ。」にいい加減キレました。

私も、「にしん漬け」は美味しいけど毎日なんか食べないので

散々漬けさせられても、ほとんど食べてはいませんでした。

それが母まで!?

ホンット何やってんのさ!

「だってみんな美味しいから頂戴って言うんだもん。図々しい人なら年に3回も取りに来るよ。」

…自分がメインで漬けれるんならナンボでもやればいいけど

私がいなかったら漬け物の買い物さえ行けなくなってるのに…

もう「にしん漬け」漬けなくていいって!( *`ω´)

こうして、やっと長かった「にしん漬け」人生から解放されましたが

タクアンは残りました…(ー ー;)

「タクアンなら楽だもの。」って…

だから、誰が漬けるんだって!

結局大根30本も漬けて、ほとんど人に配っていました。

母の悪い癖は、大して漬け物を欲しがっていない人にも

いかにも余って困ってる風を装って大量に押し付けるところです。

影で人をコキ使ってやっとの思いで漬けてるっていうのに…。

弟でさえ、無理矢理母に押し付けられる漬け物にヘキエキしていて

裏事情を知って驚いていました。

 

今年もタクアンを30本漬けました。

でも、もうこれも今年で終わりです。

パーキンソン病と脊柱管狭窄症で、体も手の動きも不自由になってきた母が

人に配るために何だってこんなに大量に漬け物を漬けなければならないのでしょうか。

私も小学生の頃から34年間、よくやってきたと思います。

 

母は北海道の田舎の大家族出身なのですが、

田舎ではいかに美味しい漬け物を漬けるかがステイタスだった様で

札幌に出てきて、この歳になってもやめることができなかったのでしょうか。

でも、母の姉妹達は誰も漬け物を漬けておらず、毎年、母にもらいに来ていました。

母はお店をやっていたので必要に迫られていたのと、

生真面目で自分に厳し過ぎる人なので

誰かが何の気なしに「今年も漬け物楽しみにしてるよ。」なんて言おうものなら

「今年も漬け物漬けなきゃ怠け者だと思われる!」と受け止めてしまい、

でも1人では到底無理なので、影で私をコキ使って漬けて

人には自分だけで漬けて、余ってしょうがない様な顔をしてしまう…。

なんだ、ソレ?!

私にはそんな性分はからきし無いので意味不明ですが、母は気の毒な性格だと思います。

 

「もうタクアンも今年でやめよう。」のセリフに母は非常に残念そうではありましたが

日常の生活もままならなくなってきているんだから仕方ありません。

「漬け物」はあくまで余興で漬けるんであって

まずは日常の買い物とご飯支度をかなり補助しなければならないのです。

 

…ていうか、1回やめたら二度と復活出来ないとか、意地でも絶対に毎年漬け続けるとか

母が一体何に対してこんなにムキになってるのか意味不明です(^_^;)

今年はやめとこうか〜的なユルさが全く無い母なので

逆にユルユルだった父にいつも怒ってばかりいたっけ。

しかし、残念。

私の性格は完全に父親似なので( ✌︎’ω’)✌︎

母の気持ちが全く理解出来ず、母の要望に答えきれませんσ(^_^;)

 

「もう、アンタ1人で漬けられるだろうさ。」と

何度も私に漬け物文化を継承したがっておりましたが

マンション住まいの家では漬け物の保管スペースもありませんし

そもそも漬け物、そんなに食べないし…。

てか、長年強要され続けてきたせいで、もう漬け物作業自体トラウマだし…。

やっとやっと解放された漬け物作業。

いつか懐かしく思う日が来るのでしょうか?

来年は本当に漬けなくて済みますように〜(>_<)