実録!精神病院『鍵付き病棟』で見た恐怖の実態と、アルコール依存性の父の最期。

私の父はアルコール依存症で

79歳の時、とある精神病院の鍵付き病棟へ入院しました。

すでに高齢で、長年のアルコール大量摂取による脳の萎縮から、

アルツハイマー病と半身不随、更に糖尿病も患っていた父は

いわゆる断酒のプログラムをこなすなどといった療法の対象外で、

自宅にも置いておけず、

高齢者施設でも預かってもらえず、

仕方なく精神病院へ入院させる以外どうしようもなくなっていたのです。

 

精神病院というと、

ましてや鍵付き病棟というと、

狂った患者が日夜叫んでいたり、徘徊していて

さながらバイオハザードの様な異様な光景が

繰り広げられているといったイメージだったのですが…

まさにイメージそのもので心底驚きました…。

 

まず、入院初日。

看護師さんに案内された部屋は男性だけの4人部屋。

入った途端、床にトイレットペーパーが散乱していて、

仕切りもなく剥き出しのまま置かれたポータブルトイレが

部屋の真ん中にあって共同で使うという

かなり衝撃の光景でした。

 

入院の準備をしていると

向かいのベッドの30代くらいの男性が声をかけてきました。

「ねえ、どうしてここ来ちゃったの?」

ちょっとオネエ口調でニコニコした男性。

「アルコール依存症で…。」と返事をすると

「そう。

僕はね、覚醒剤。

幻覚見て窓から飛び降りちゃって足の骨折っちゃったから

しばらく整形外科に行ってたんだけど今日戻って来たの。

これからよろしくね。」

∑(゚Д゚)

今「覚醒剤」って言ったよね…?

犯罪者じゃないですか!!

そんな人と同部屋!?

同じ依存症とは言え…ちょっと…

父はアルコールなんで犯罪者ではないんだけど…

でも、結局最後は同じってことなのか…と

ものすごくショックでした。

ていうか、覚醒剤使用者って初めて会ったよな…。

 

男性の枕元には家族と写したと思われる写真が置かれていました。

多分、この人のお母さんと兄弟…。

どうして覚醒剤になんかに手を出して、

この若さで精神病院に入院しなくちゃいけなくなっちゃったんだろう…。

なんか…怖いというより哀れで、気の毒で…。

どんな家庭環境だったのかは分かりませんが

家族の写真を飾っているということは

今でもこの人の一番の心の拠り所なんだと思いました…。

 

そして、食事を摂る大部屋に移動すると

そこはまさにバイオハザードの世界…。

 

「バカヤロー!!バカヤロー!!

やんのかテメエ!!コノヤロー!!」とか、

「ご飯だよ〜!!○ちゃんご飯出来たよ〜!!」

など、大声で叫び続ける年配の男女数人が車椅子に座ったまま

壁際に並んでいます。

 

方や、目が見えないのか無表情で真っすぐにこちらに向かって突進してくる

ガリガリに痩せた60代くらいの男性がいて、

急いで避けると、男性はそのまま壁にぶつかり、

ぶつかった壁に向かってずっと足踏みをし続けています。

 

また、防弾ガラスの向こうのナースステーションに向かって

「すみませ〜ん、すみませ〜ん。」と

ずーっと弱々しくガラスを叩き続けている男性もいます。

 

ガリガリに痩せて白髪でバサバサのオカッパ頭の

でも、顔は40代くらいの女性は、

ヨダレと尿を垂らしたまま歩いていました。

お父さん、これから毎日こんな所で1人で過ごすんだ…。

かわいそう過ぎる…。

でも、家に連れて帰るわけにはいかないんだから…。

仕方ない…。

 

食事を終えて大部屋に戻ると

さっそく父のカーディガンとメガネが無くなっていました。

探すと隣のベッドに置いてあり、

多分、隣のベッドの人が自分の物と分からずに持って行った様でした。

隣の人って誰なんだろうと思っていたら、

戻って来たのは

さっき、壁に向かってずっと足踏みをしていたあの男性でした。

 

母がすかさず男性に

「このカーディガンとメガネ、うちのだからね。」と言うと

また男性は無表情でこちらへ真っすぐに突進してぶつかって来ました。

そして、ブツブツ独り言を言っているのです。

すると、向かいのベッドの覚醒剤のお兄さんが

「その人、目も見えてないけど耳も聞こえてないみたい。

前からずっとそうだから、何言ってもムダよ。

ここでは持ち物なんてすぐ無くなっちゃうんだから、気をつけて。」

と教えてくれました。

…ここで一番まともなのは、この覚醒剤のお兄さんという現実…。

 

すると、アルツハイマーで

すっかり普通の会話が難しくなっていたはずの父が突然

「ここはキチガイばっかりだから、アンタ達、もう帰んなさい。」

と言ったのです。

すっかりボケてしまっていたと思っていたのに

父はちゃんと分かってたんだ…。

だったら、だったら、

本当に気の毒でかわいそうだよ…(;ω;)

 

この後、週に一回のペースで

母と、当時幼稚園児だった子供達と一緒に父の元に通いました。

本当は子供達を連れて行く様な場所ではなかったと思いますが、

どうしても父がかわいそうで…

当時の私にできるせめてもの親孝行だったのです…。

 

しかし、いつ行っても私達以外の面会者はいませんでした。

看護師さん達も、家族が来ないのが当たり前の様で

私達が行くと若干迷惑そうな雰囲気すら醸し出していました。

 

そして、ある日面会に行くと

父はベッドに腰と腕を拘束され、

ナースコールも押せない様にガムテープで天井の辺りに固定されていたのです。

驚いて看護師さんに聞くと、

父は夜中に何度もナースコールを押し続け、

何度もトイレに行きたがるそうで、

オムツを履かせてもとにかくトイレ、トイレと

騒ぐのでどうしようもなかったとか…。

ナースコールを押せない様に固定したら

今度は壁を叩き続けて「すみませ〜ん、すみませ〜ん」

と呼び続けるとかで、

やむを得なく腕も固定せざるを得なかったということでした。

確かに、これは自宅でもやっていたことで

身長170cm体重70Kgの半身不随の父を

トイレに連れて行くのは本当に至難の技でした。

しかも、5分おきにトイレに行きたがるので

もう自宅でも面倒を見るのは限界だったのです。

 

これを境に、

父はいつ行っても朦朧とした様子になり、

看護師さんに聞くと

鎮静剤を投与しているとのことでした。

要するに、うるさいから薬で大人しくさせているのです。

でも、自宅に連れて帰れない以上文句も言えませんでした。

 

そして、ある日の父は、目の周りがマンガで見るみたいに

真っ黒に丸くアザになっていたのです。

明らかに誰かに殴られた様でした。

しかし、看護師さんは誰も知らないという一点張りで、

アルツハイマーの父に聞いても、もちろん何も覚えていません。

すると向かいのベッドの覚醒剤のお兄さんが

「お父さん、やられちゃったのね。

僕も詳しくは知らないけど、

お父さん、夜中いつも随分騒いでたから…。

でも、ここじゃこんなこと、あることよ。」と言うのです。

結局うやむやのまま、我慢するしかありませんでした…。

 

また、母が父のために差し入れた結構な量の自家製梅干しを

ナースステーションの冷蔵庫に預かってもらっていたのですが、

ある時全て無くなっていました。

あんなにあったのに、どうして?

看護師さんに聞いても、みんな知らないと…

仕方ない…ここは、普通の病棟では無いのです。

 

そして、父が入院してから1年が過ぎようとしていた頃、

突然、母から「お父さんが危篤だって!すぐ病院に来て!」

と電話がきたのです!!

「え?どうして!?先週まで元気だったじゃない?」

もう、とるものもとりあえず

転がる様に慌てて病院に駆けつけると

母と弟がお医者さんから説明を聞いているところでした。

お医者さんの説明では

父は誤嚥性肺炎を起こし、すでに危篤状態となり

今は内科病棟に移っているとのことでした。

 

この3日前に、母が1人で父を見舞っていました。

その際、ちょっと顔が赤いと思ったので父に聞いたらしいのですが

「大丈夫だ。」と返事をしたとか。

看護師さんに聞いても、いつもと変わりは無いと言われ

そうかな…と思って帰宅したそうです。

しかし、すでにその時には発熱していた可能性が高いと思います。

でも…ここは普通の病棟では無いのです…。

 

内科に移った父の元へ向かうと、

まず清潔な部屋と親切な看護師さんの対応に安心しました。

1年振りに人間らしい環境に戻った父を見て、

もうあの精神病棟には戻らないで欲しい…と

強く強く思いました。

それはすなわち、父の死を覚悟し、望んだも同然でしたが…

でも、それが本音だったのです。

 

父は危篤状態とは言え意識はあり、

酸素チューブで鼻に酸素を送って

点滴を打っているだけでした。

「これで危篤?」と思いましたが、

お医者さんが言うには

点滴で肺の炎症を抑えているけど、

薬の副作用で心拍数がかなり上がっていて

24時間フルマラソンを走り続けているのと同じ状態だとか。

このままでいくと、炎症が収まる前に心臓が持たないだろう…

ということでした。

 

父はアルツハイマー病を患っているので

家族が泊まりでつくことになり、

初日から5日は母が泊まりました。

そして6日目は私が泊まり、

7日目に父は帰らぬ人となりました。

 

7日目の朝、お医者さんに家族が呼ばれ、

今朝、急に父の片足が壊疽を起こして

このままだと足を切断しなければならなくなったと告げられました。

ただ…切断したところで命が持つかどうかで、

どうしたらいいかという相談でした。

 

40年以上糖尿病を患っていた父が最も恐れていた

足の壊疽…。

でも、今、切断なんかしたってあと何日生きられるの?

お医者さんに余命を聞いても全く分からないとのお返事…。

とにかく、今日中に判断しなければならないとのことでしたが、

一旦話しを終え、母と弟と父の元へ向かいました。

 

病室で寝ている父の足元の布団をめくってみると

紫色になった足が見えました。

幸い、本人は気づいていなさそうなのが唯一の救い…。

父は意識があり、目だけでもみんなに挨拶をしようとします。

 

すると、看護師さんがガラガラと

救急救命用具一式を部屋に運び込んできたのです。

「これは…?」と聞くと

「一応のために用意だけね。」というお返事。

そして、「これからシーツ交換しますね〜。」とのこと。

「あれ?昨日してもらったばっかりですよ。」と言うと

「ええ、ええ、いいんですよ〜。」と言うのです…。

これってもしかして…

今日が父の最期だって知ってるんじゃ…?

回診に周って来た先程のお医者さんに

「もしかして、父は今日亡くなるんでしょうか?」と聞いても

「それは分かりません。」とのお返事でしたが…。

 

結局、様々な事柄から父の命は長くないだろうと判断した私達は

足の切断はしないという結論を出しました。

そして、その日の夜10時頃のこと。

それまで眠っていた父が急に目を開け、

怯えた表情で天井を右左と目で追いだしたのです。

「どうしたの?誰かいるの?」と聞いても

怯えきった目でキョロキョロするばかり。

そして11時頃になると、急に血圧が下がり始め

お医者さんと看護師さんが飛んで来ました。

 

お医者さんが処置をする間、

普通、家族は病室から出されると思うのですが、

元々精神病棟からの患者しか受け入れておらず、

誰の面会も来ないのが普通のこの内科では

こういった光景が今まであまり無かったのか、

家族のいる目の前で処置が施されました。

しかし、点滴を早めたことで父の心拍数は激しく上がり

苦しそうでたまりません。

「延命治療はいりません。」という私達の意向をお医者さんは汲んでくれて

早々に処置は終わり、後は母と私と弟で次々と父の手を握り、

最期のお別れを告げていきました。

「お父さん、いつもかわいがってくれてありがとう。

私はお父さんが大好きだったよ。

お父さんの子で幸せだったよ。

今まで苦しかったね。

頑張ったね。

一緒にいてあげられなくてごめんね。

ありがとう。

さよなら…。」

 

すると、アルツハイマーで会話も難しくなっていた父が

一筋の涙を流し、苦しそうに絞り出した声で

「あ…ありがとう。」と言ったのです。

そして心臓が明らかに弱く打つ様になり、だんだん間隔も空き…

そして、そのまま目を閉じ、二度と開くことはありませんでした。

お医者さんが脈と瞳孔を確認し、

「○月○日、○時○分、ご臨終です。」と静かに告げられました。

お父さん、もうあの苦しかった精神病棟に戻らなくていいんだよ。

良かったね。

みんなで一緒に家に帰ろう…。

父の最期は特殊な環境だったこともあり、

本当に最期の心臓が脈打ち止まるまで

側で送ってあげることができました。

たった1人であの精神病棟に1年もいて

本当に苦しかったと思います。

でも、最期は人間らしい場所で

みんなで見送ることができて本当に良かったと思います。

 

精神病棟の患者さんは帰るところが無い方が多く、

もう何十年も入っている方も少なくないそうです。

父は高齢だったこともあり、

入院期間が短くまだマシな方だったと思いますが

今でもあそこにいるであろうあの人達を思うと

辛い気持ちになります。

 

どれだけ酔っても、暴力や暴言を吐いたことは一度も無く

ただニコニコと大人しかった父。

それでも、やはりお酒は

周りの人間も全て不幸にさせる魔力を持っているのです。

お酒は合法の飲み物で

成人であれば、いつでも誰でも気軽に買うことができ、

違法薬物の様なダークなイメージは全くありません。

でも、行き着く先は合法、違法に関わらず同じ

バイオハザードの世界…。

 

私自身もアルコール依存性の一歩手前まで

アルコールのコントロールができなくなって苦しんだ経験があります↓

アルコール依存症一歩手前だった私が、ある日急に一滴もお酒を飲みたくなくなった話し。

でも、もう体が拒否して受け付けなくなり、

全く飲まない生活が8年続いています。

家族や周囲の人達にお酒で迷惑をかけてしまうのではないか…?

という心配から完全に解放され、心底ホッとしながら暮らしています。

父もアルコール依存性にならなければ

もっともっと違う人生を送れていただろうに…。

 

お酒は合法であっても

決して自分を助けてくれるものではありません。

それどころか、自分も周囲の人達も

全てを苦しめて地獄に落とす恐ろしい薬物です。

それを、父が身をもって私に教えてくれたのかもしれないと

今では思っています。