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中学生と高校生だけでマレーシアに海外旅行!?バックパッカーだった夫の提案は果たして受け入れられたのか?

この春休みに、高1(16歳)の娘と中3(15歳)の息子と私の3人で

マレーシア旅行に行くことになりました。

 

マレーシアのクアラルンプールへは、

北海道の新千歳空港からLCCのエアアジアX直行便が出ており

アクセスが良く価格も安いので

昨年も夫含め、家族4人で行っています。

息子においては、小6の時に夫と2人でも行っているので今回で3回目になります。

しかし、夫が同行しない海外旅行は初めてということもあって、

多少でも勝手の分かっているマレーシアをまた旅行先に選んだのです。

 

実は、この旅行に至るいきさつがありまして…。

4日ほど前、夫が突然

「もう2人とも高校生なんだから、子供だけで海外旅行に行ってごらん。」

と言い出したのです。

「えーーーー子供だけで??」と驚く私に夫は

「こういうことが大人になってからいい経験になって生きてくるんだよ。

かわいい子には旅をさせろ、じゃない?」と言うのです。

しかし…

 

ウチの子供達は小1と小2の頃から毎年、

元バックパッカーの夫が個人手配した海外旅行に家族で出かけていたので、

ある程度旅慣れてはいます。

娘は私立学校で中1から英語の勉強をかなり本格的にやってきたこともあり、

今や日常会話には不自由しないレベル。

学校でニュージーランドに3週間のホームステイに行ったこともあり

この案にはすぐノリノリで大賛成でした。

しかし、息子は公立中学校に通うフツーの中学3年生で

英会話は全くと言っていいほど出来ません。

なので、不安なのか、そう乗り気でも無いようで…。

まあ、当然の反応ですよね…(^_^;)

 

しかし、無類の個人海外旅行好きの夫が

ぜひと言うので、まずは色々調べてみました。

 

LCCのエアアジアXでは、12歳〜16歳未満の子供が1人で搭乗する際には

保護者の同意書に署名が必要で、

飛行機が離陸するまで空港で待機が必要だそうです。

「未満」ということは16歳は含まれておらず、

該当するのは15歳の息子だけになります。

でも、1人だけで搭乗するわけでは無いので、この辺どうなんでしょう?

まあ、どちらにしても飛行機の搭乗は出来ることが分かりました。

 

また、未成年だけの入国に年齢制限を設けている国もある様ですが、

マレーシアは該当していませんでした。

なので、入国も問題なく出来そうです。

 

しかし問題はホテルで、

大抵のホテルはチェックイン年齢を18歳からとしています。

中には16歳からOKというホテルもあるので

娘がチェックインするなら未成年だけでも宿泊可能なのかな?

ネットの情報だと、未成年だけで宿泊の際には

保護者の同意書が必要とのこと。

う〜ん、チェックイン年齢が16歳からのホテルをとれば

同意書を持っていれば行けるのかな…。

 

渡航先をクアラルンプールだけにして

機内泊含めて4泊なら何とか行けそうなのかな…と思ったり、

やはり、もし何かあった時にスマホで連絡は取れるとは言え

子供だけで対処出来るのかなと不安に思ったり…。

マレーシアは治安も良く、基本的には非常に親切な人達ですが

中には悪い人もいると思うのです。

子供だけで宿泊していると聞いて、

多分、親切に対応してくれるはずだとは思いますが、

もしかしたら良からぬことを考える人もいるかもしれないなぁ…

と不安に思ったり…。

 

そして、何より

子供自身が、1人で行ってみたいと言い出したわけでは無いという点が

引っかかっていました。

もっと、18歳とかになって

自分で行きたいと言い出してから行かせても遅くないんじゃないかな…?

 

夫自身も高校年生の時に、アメリカに

2歳年上の男の子のいとことホームステイをしたことがあるそうです。

しかし、16歳で18歳のいとこと一緒。

さらに、ホストファミリーという受け入れ先があっての

未成年海外旅行なら何ら問題は無いと思います。

でも、15歳と16歳の姉弟で完全に個人旅行…。

厳密には息子は3月では中学生であり、高校生ではありません。

 

行かせようかどうしようか散々迷っていた時に、

昨日、爆弾低気圧が北海道を襲いました。

テレビに流れる相次ぐJRや飛行機の欠航…。

そう…

基本的には何も無いと思うけど、もし万が一こんなことになったら

子供達だけでどう対処出来るのでしょう。

今まで何回も海外旅行に行っていますが

飛行機が欠航してしまったことが1回だけありました。

オランダの空港に着いてチェックインしようと思ったら

異常に混んでいて進まない列…。

おかしいと思って、やっと案内画面に

「cancelled 」と出ているのに気が付きました。

みんな、振替便の手配で大混雑していたのです。

その時は夫がいたので、英語で交渉してもらって

すぐに振替便が手配出来ましたが、

混んでいたせいかチケットの発券に手違いがあって

搭乗口で「乗せられない」と言われ離陸直前まで随分揉め、

本当にヒヤヒヤものでした(;´Д`A

また、預けた荷物も新千歳空港まで届いておらず、

空港の方に話しをして後日自宅まで送ってもらえましたが、

本当に届くまで不安でした。

 

こういったことも含めて、旅の醍醐味だとは思いますが

子供達だけでトラブルが起こっても“醍醐味”と言えるのか?

親としての保護責任が果たせていないのではないか?

夫は「大人がついて行くなら

いつもの家族旅行と変わらないから意味が無い。」と言っていましたが、

もし、私だけが同行するなら、夫がいない緊張感は

子供達も間違いなく感じるでしょう。

だって…

私は英語が全然話せないのです(^◇^;)

しかも、忘れ物、間違いが多く

今まで子供達にも何度も心配をかけているのですから…。

 

それでも夫は経験を重視して子供達だけで行かせたいのかな…。

そう思っていたら、夫もやはり爆弾低気圧の飛行機への影響を見たせいか

「やっぱり俺も急に不安になってきた…。ママも一緒に行って来たら?」と

言ってくれたのです!!

やはり夫も、不安を感じても、あえて心を鬼にしての提案だったのですね。

でも土壇場で踏みとどまってくれて良かった!

 

子供達に「やっぱりママも一緒に行くことにしたよ!」

と喜んで伝えると、2人とも意外と反応うす…。

娘は「2人でも大丈夫だと思ってたけど、

ママも行くなら保護者という意味で、より安心かな。

やっぱり現金で大金は持って行けないから、

もし飛行機の取り直しとかになった時にどうしようかなとは思ってた。

でもママ英語も全然出来ないし、逆に私に頼る気でしょ!」と鋭いご意見(^^;)

息子は「2人でも行けなくはないと思ってたけど、

お姉ちゃんワガママだから、旅行中も買い物ばっかりとか

振り回されそうで嫌だなと思ってた。

だからママが行くなら3人になるからその方がいいかな…。」という

消極的なご意見(・・;)

 

子供達、本当に成長したんだな〜とこの時点で痛感しました(T-T)

私のイメージでは

娘→「わーい!やったー!ママも一緒に行こう!」と大はしゃぎ。

息子→静かにニコッとしながら「…うん。いいよ。」と一言。

いやいや、予想と全然違う反応に驚きましたよ(´・Д・)」

すでに2人だけで行くもんだと思っていたので

「ママも来るの?」的な、ちょっと残念な感じもあって、

この時点で夫の思う目的は多少でも果たせていたのかもしれませんね。

 

とにもかくにも、まだ飛行機のチケットとホテルを抑えただけで

ノープランのマレーシア旅行。

まずは、3日後の息子の公立高校の受験が大事だというのに(^^;;

遊びの話しで気をそらせてばっかりでいけませんね。

 

私が知っている、オリンピックを目指していたけど挫折してしまった人達の話し。

平昌オリンピックの男子フィギュアスケートで

羽生結弦選手が金メダル、

宇野昌磨選手が銀メダルを獲得しましたね!

両者とも、ここまで来る道のりは

どれほど長く苦しかったことでしょう…。

オリンピックを目指して長い期間練習に励んでも、

途中で挫折してしまう人の方が圧倒的に多いと思います。

私が小中学生だった頃にも、そんな子達がいました…。

 

私が小学生だった時、一つ下の学年で

スキージャンプをやっている男の子がいました。

その子は、北海道の真冬、気温−10℃などの日でも

毎日ランニングシャツに短パン姿で登校していて、

学校でも超有名人でした。

いつも真っ黒に日焼けした顔にスポーツ刈り。

“ザ・男”といった感じで、

毎日スキージャンプの練習に励んでいた様です。

中学に進学した際には、さすがに制服姿で登校しておりましたが

初めて彼の制服姿を見た時には

「長袖、長ズボン着るんだ…。」と驚いたくらいです(^^;)

中学時代も各種スキージャンプの大会に参加していた様ですが、

成績は今ひとつとの話で、全国大会にまでこぎつけられず、

結局、高校入学とともに辞めてしまったと聞きました。

彼のお母さんと私の母は時々会えば話す仲で、

色々聞いたところによると…

小学校時代のランニングシャツと短パン登校は

お父さんが体を鍛えさせるためと強制していたもので、

本人は非常に嫌がっていたそうです。

そして、高校もスポーツに力を入れている私立高校への進学を

お父さんは強力に勧めたそうですが、

本人が絶対に嫌だと拒否して

結局スキージャンプ自体辞めることになってしまったとのこと。

将来はオリンピック選手にしたいと

彼が幼い頃から一生懸命にサポートしていたお父さんは

非常に非常にガッカリしたそうですが、

年齢的にも、もう強制することが出来なくなったと…。

いやいや…

これを聞いて本当に彼がかわいそうになりました…(◞‸◟)

お父さん…

息子に期待したい気持ち、本当によく分かりますが…(-_-;)

親のサポートなくして

オリンピック選手になることは難しいと思いますが

どこまでがサポートで、どこからが強要なのか…

子育てに共通する悩みだな〜と

今、自分が子供を持つ身になって改めて考えてしまいます。

その後、彼は勉強があまり得意ではなかったこともあり

大学には進学しなかったと聞きましたが、

早いうちに別の道を模索出来たことは

彼にとっても良かったのではないでしょうか。

 

中学時代には三姉妹でスキーのアルペン競技をやっている子がいました。

三姉妹の真ん中の子と同級生だったのですが、

この子は、冬は全国大会にも出場するレベルで

夏もカナダに遠征して競技の練習に励んでいました。

なので、春と秋は普通に学校に来ますが、

夏と冬は長期で欠席していました。

彼女は、スキー焼けとトレーニング焼けで

年中真っ黒に日焼けしていたのですが

それをすごく気にしていて、普段は日焼け止めを大量に塗って

日陰しか歩かないなど、少しでも日に焼かない努力をしていました。

そして、「スキーが嫌いだ」といつも言っていました。

スキーのせいで日焼けする、みんなと遊べない、

勉強にもついていけない、姉妹で比べられる…。

でも、とにかくお父さんが怖くてスキーを辞めさせてくれないんだとも…。

彼女は中学卒業後、

札幌でも有名な、スポーツに力を入れている私立高校に

スキーの推薦で進学しました。

高校では授業は午前中だけで、午後はびっしりトレーニングだそうで

スポーツ推薦者はどの部活もそうだと言っていました。

そして、大学もスキーの推薦で東京の大学に進学しました。

オリンピックを目指して三姉妹でスキーアルペン競技を

幼い頃から続けて来た彼女でしたが夢叶わず…

結局、大学卒業とともにスキー競技から引退したそうです。

その後、一度は東京で就職したものの

数年で辞めて札幌に戻って来ました。

32歳頃に再会した時の彼女曰く

「スキーなんて昔から大っ嫌いだった。

もう二度と滑りたくない。

姉妹もみんな父さんが怖くてやらされてたけど

今はもうジジイだから言うこと聞かなくていいんだ。

でも、スキー辞めたら他に何もしてこなかったから

全然やること無いんだよね〜。」と…。

彼女のスキーの腕前は

全国大会に出場するレベルでしたので

北海道内でも相当なものだったと思います。

色々なことを犠牲にして長年頑張ってきて

そこまで上手になってもスキーが大っ嫌いって…

そのくらい辛い年月だったのでしょうね(;_;)

彼女はその後数年間

実家暮らしでアルバイト生活を送っていましたが

今は結婚して主婦業に励んでいる様です。

ちなみに、彼女のお姉さんは

スキーしかしない生き方は嫌だと公立高校に進学して

早々とスキーは引退したそうです。

妹さんは姉妹の中で一番スキーの成績が良く

高校も彼女と同じ私立高校に進学、

大学もスキーの推薦で進学したそうですが、

やはりもう引退していてスキーは嫌いだそうです(ー ー;)

 

オリンピックに行ける人は

本当に本当に一握りです。

その影では、たくさんの選手たちがしのぎを削って努力していますが

夢叶わなかった時にどうするか…

難しい問題ですね( ˘ω˘ )

私なんて、そこまで努力したことも無い人間なので

偉そうなことは何も言えませんが

子供にそこまで強制してでも何かをやらせるという

親御さんの情熱は本当にすごいものだと思います。

一度はスキーが嫌いになって

スキージャンプを辞めた彼も、スキーアルペンを辞めた彼女も、

もっと歳を取ったり、自身が子供を持ったりして

またスキーが懐かしくなる日が来るんじゃないかな…。

そこまでの技術を身につけた努力の経験は

きっと今後の人生でも彼らを支えてくれるはずですから

親御さんの苦労も決して無駄では無かったと思うのですが…。

 

平昌オリンピックに出場した選手達を見ると

本人のものすごい努力と、それをサポートし続けた周りの人達の努力を感じます。

その中で、さらにメダルを獲るまで活躍するということは

本当に奇跡に近いことだと思います。

メダリスト達が口々に

「周りのサポートのおかげです」、

「応援してくれたみなさんのおかげです」というのも

こういった陰の功労者の方々への感謝からなんですね(´-`).。oO

 

平昌オリンピックも残すところあと1週間。

表舞台に立つ人も、そのサポートに奔走する人も、

また、表舞台に立てなかった人達とそのサポートをし続けている人達も

みなさん本当に様々なドラマがあることでしょう。

だからこそ、メダルを獲得した喜びはひとしおで

私の様にテレビの前で観ているだけの者でもσ(^_^;)

感動を分けてもらえるのですね。゚(゚´ω`゚)゚。

 

AI化が進んだ世の中について考えてみました。子供にはどんな力をつけさせたらいいの?

今朝テレビで、1月11日に発売された人工知能搭載の犬型ロボット

「aibo」を観ました。

ちなみに大文字の「AIBO」は

1999年から2006年まで販売されていた犬型ロボットを指す様で、

今販売されている犬型ロボットは小文字表記の「aibo」なんですね(ᵔᴥᵔ)

 

この新型「aibo」は本体価格が198,000円の他、

「aibo」が成長するためのケアサポート代が3年間必須加入で90,000円と、

税込で総額が311,040円にもなりますが、

発売から40分で完売したというので驚きです。

 

旧型「AIBO」との一番の違いは、

飼い主によって様々な形に「成長」するという人工知能の搭載でしょう。

かつて、「AIBO」以外にも

「ファービー」や「プリモプエル」など(←懐かし〜(๑˃̵ᴗ˂̵))

人間と会話できるという人形が流行った時代がありましたが

それらは単にいくつかの単語をインプットしていただけで、

「おはよう」とか「眠い」とか、

単純な言語の繰り返しにすぎませんでした。

しかし、「aibo」は本物の犬の様に、

飼い主の接し方に応じて様々な形に「成長」するので

同じ「aibo」を買っても、数年後には全く違う「aibo」になるんですね。

 

そしてまた、動きも本物の犬にそっくりでかわいいんです!

こりゃあ、もうペット産業も衰退するな…と思わずにいられませんでした。

だって、本物の犬は、散歩もしなきゃいけないし、

エサもあげなきゃいけない、フンもする、病気もする、

しつけに失敗したら大変、吠える、そして寿命が人間より大分短い…

と、ネガティブ要素も多いからです。

まあ、それも含めてかわいいと言えるのかもしれませんが、

大概はペットを飼う目的の、

かわいさや癒しを与えてくれるという存在が欲しいなら

手間いらずの方がいいと思うのではないでしょうか。

 

その後、コピーライターやアナウンサーを務めるAIも紹介されましたが、

どれも、人間よりものすごい速さでたくさんの物事を習得し、

間違わず、疲れず、コストもかからない…。

これは、確実に人間はAIに職業を奪われていくなと感じました。

 

じゃあ、AIに取って代わられない職業って何でしょう…?

私も、今、中学生や高校生の子供達が

数年後につく職業について色々と考えますが、

AIの普及していく世の中で、何がこれから発展産業なのか

さっぱり分からないというのが本音です。

 

昨年、大学の説明会に出向いた時、

どこの大学も、盛んに銀行や証券会社など、

金融関係に多くの学生を就職させていることを得意げに語っておられました。

しかし、私は「金融はこれから一番AIに置き換わって衰退していく産業なのに、

どうしてそこに20代の若者を就職させたがる?」と

すごく不思議に思って聞いていました。

そして、今年になってメガバンクの大量リストラの発表。

やっぱりな…です。

 

私の親の時代、金融関係は就職するには最高の職業だったと思います。

私が就職活動をした24年前も、とにかく金融関係は大人気の職業でした。

しかし、かつては石炭業だ造船業だと、

隆盛時代を迎えた産業が次々と時代と共に消えていきました。

これは、誰にも止められない時代の流れだったと思います。

だって、人間は、楽で低コストな方に流れるに決まっているんですから。

 

AI化によって衰退する産業は金融だけでは無いと思います。

会計士や税理士、弁護士、裁判官、役所、政治家…。

こういった、かつての例を参考にしたり、

決まったことを行うことで成り立っている様な職業は

軒並みAI化されてしまうでしょう。

今日、テレビで観たアナウンサーも、

確かに、決まった原稿を読んでいるだけですもんね(・・;)

 

でも、コピーライターの様な、人間が創造する職業は

今後も残っていくと思っていたので、

すでにAIに置き換わりつつあるということに驚きました。

でも、よくよく考えてみたら

“創造”というものも、先人の知恵の集大成なのかもしれません…。

芸術家はたくさんの作品を観たり聞いたりして感性を養うと言いますが、

それってやっぱりどこか、ちょっとずつマネというか、組み合わせというか…

完全なるオリジナルなんてものは世の中に存在しないのかもしれません。

 

そうなると、小説家や画家、作曲家などの

クリエイティブと呼ばれる職業も

いずれはAI化されてしまうのでしょうか。

 

本当に最後に残るのは、

スポーツ選手とか俳優とかの

人間の体を使って行うことに醍醐味がある

エンターテイメントな職業でしょうか。

これは、AI化されても

観ていてつまらないと感じてしまうものだと思うので、

残るのかな…。

そうなると、これに付随した

スポーツインストラクターや俳優養成所は残るのかな…。

場所を提供する側の不動産関係も残るのかも…。

 

これは私の勝手な推測に過ぎませんが、

とにかく今ある世の中のほとんどの職業は

きっと無くなってしまいますね。

今の私には想像もつかない職業が生まれていくことでしょうが、

子供達にはどんな道を進ませたらいいのでしょうか…。

 

とにかく、暗記だけしている勉強は

AIにことごとく取って代わられる代表なので

全く無意味になるでしょう。

思うに、人を楽しませられる、幸せに出来る力、

(それだってAIが得意なことなのかもしれませんが)

そのくらいしか人間には求められなくなるのかもしれません。

 

お金も無くなるかもしれませんね。

だって、AI化で色んなことが低コストで出来るようになったら、

家も、食べ物も、教育も、医療も、

みんな無料で使える様になって、

使うお金はどんどん減って最後はいらなくなっちゃう。

そんな世の中になるんじゃないかと思います。

 

今は、その過渡期で、

一番変化が激しくて大変な時代かもしれません。

そういう時に一番大切なのは“柔軟性”じゃないでしょうか。

時代の変化につまづいて失敗しても、

また起き上がれるマインド。

子供達にはこの“柔軟性”を一番身につけてもらいたいと思っています。

そのためには、色んな経験をさせて

たくさん失敗して成功して…。

そして、どうやって目標を達成したらいいか考えて、

その目標を達成出来なかった時は、次はどう進むか考えて、

とにかく最後まで生き抜くという力。

そして、人生の最期に

「生まれてきて良かった」と思える人生を歩んで欲しいです。

 

世の中がAI化されていく中で、

学校の教育はどうしても時代遅れになってしまいますね。

そのうち先生もAIになって、

いつも最新の教育を受けられる様になるのでしょうが、

しばらくは、AIと人間のせめぎ合いで

なかなか変化は起きなさそうです。

「受験」なんてものも、

何かを習得するという経験としての意味はあるかもしれませんが、

単なる暗記に意味は無いですね。

そのうち先生もAI化されると、

学びたい人が学びたい学校を選んで、

誰もが自宅にいながらオンラインで教育を受けられる時代になるでしょうから、

学校の定員も無くなり、「受験」というシステムも無くなるでしょう。

そうなると、今の中学校の内申点とかランクも無くなるから、

子供はもっと伸び伸びと子供らしく過ごせる期間が延びますね。

 

しかし、こうやって色々考えてみると、

AI化が究極に進んだ世の中に

そもそも人間って必要なんでしょうかね…(ᵔᴥᵔ)?

 

子供へのおこづかいっていくらあげてる?周りにリサーチしてみました!

ウチでは高1の娘に毎月3,500円のおこづかいをあげています。

この他に4ヶ月前から別枠で、労働対価として毎月2,500円あげているので、

今は合計すると毎月6,000円のおこづかいになっています。

ちなみに、労働対価分はやらなかった月には当たりません。

労働の中身はちょっとした場所のお掃除なのですが、

今のところ娘にしてはかなり真面目に取り組んでいて

休まず2,500円もらっています(⌒-⌒; )

 

ウチでは子供達へのおこづかいは小学校入学時からあげ始め、

1年生100円から始まって6年生で600円。

中1で1,000円、中2で1,500円、中3で2,000円でした。

 

周りの人に聞くと、

まず、おこづかいをあげている家とあげていない家に分かれます。

おこづかいをあげていない家では、

欲しいものや使う目的があった場合は親に相談して、

認められればその都度もらえるパターンと、

お年玉で年間のおこづかい全てをまかなっているパターンに

分かれていました。

 

また、おこづかいをあげている家では、

高1で3,000円〜5,000円くらいの場合は、洋服や学用品は親持ちで買い与え、

10,000円以上もらっている場合は、

洋服なども全ておこづかいの中でやりくりさせている様です。

中には、テストの点数で臨時おこづかいをあげているお家もありました。

 

ちなみに、私自身は高校生の頃は5,000円のおこづかいでした。

洋服などは親が買ってくれていたので、

自分では雑誌やCD、雑貨を買ったり、友達と出掛けるのに使っていました。

 

娘は、友達と昼を食べたり映画に行ったり、

雑貨や化粧品、アクセサリーなどを買っている様です。

今はスマホがあるので、あえて雑誌やCDは買わなくても

済んでいるようですし、

100円ショップがあるので昔より経済的ですね(´ω`)

 

娘の高校には寄宿舎がついているのですが、

ここに寄宿している子達は

生活費も含めて毎月親から30,000円くらいもらっている様です。

寄宿舎で1日三食の食事は出るので、

生活費としては、シャンプー、洗剤、ティッシュなどの消耗品と、

お菓子を買ったり、友達と遊びに行ったりする分も

全部含まれているそうですが、結構余りそうですよね(・・;)

中には、アイドルグッズを大量に買っていたり、

いきなり30,000円くらいするブランドのカバンを買って

お金が足りなくなって友達に借りたりなど、

お金の使い方が分からないでいる子もいるそうで、

親の目の届かない子供に大金を渡す難しさを感じます(´・ω・`)

離れているからこそ、子供が不自由しない様にと

多めにお金を渡したい親御さんの気持ちもよ〜く分かりますしね(>_<)

 

子供へのおこづかいって本当に難しいですね。

あげるべきか、あげないべきか。

あげるとしたら何歳でいくらくらいなのか?

 

自分でお金の管理をする習慣を身につけさせるために、

おこづかいをあげた方がいいとは思っても、

何もしないのに毎月当たり前に定額が入って、

それが年々上がっていくという仕組みって

子供にとって良い影響を与えてないんじゃないの?

それに、おこづかいだから何に使ってもいいでしょっていう態度は

どうなの?

かと言って完全に労働対価にしてしまったら、

当たり前にやらなければいけないはずの

家のお手伝いもお金をもらわなきゃやらないってなっちゃうの?

などなど…

おこづかいの悩みは尽きません(ーー;)

 

ウチは元々、毎月定額のおこづかいをあげていて、

年齢が上がると自動的に増額していました。

たまたま、昨年から子供達にも頼めるお掃除の仕事が

発生したので、それを労働対価分としてプラスしていますが、

これが正しいのかも分かりません(´-ω-`)

 

子供の金銭感覚がズレないで、

大人になって自分で収入と支出を

ちゃんとコントロール出来る人になって欲しい…。

望みはそれだけなんですけどね(*´ω`*)

 

今年も今日で終わりですね。この1年を振り返ってみました。

今日で2017年、平成29年も終わりますね(´ω`)

今年はどんな年だったか振り返ってみると…

 

まず一番大きかったのが、息子が受験生になったことです。

中学校の、無意味にやり過ぎなブラック部活の引退にはホッとしましたが、

その後は塾に通い続ける日々で、

息子もすっかり忙しいお兄さんになったもんだと思います(´-`).。oO

来年はいよいよ受験本番なので、

体調管理に気を付けて、悔いの無いよう勉強に励んでもらいたいです。

 

高校1年の娘は、手の指の骨折はあったものの無事に治り、

勉強、友人関係共におおむね順調で、相変わらずおしゃべりで元気な頑張り屋(^^)

最近ではオシャレに邁進している姿が

すっかり大人っぽくなったもんだと思いますが、

何事もほとんど心配の無い状態だったので、

来年もこのまま楽しく過ごしてもらえればと思っています(o^^o)

 

夫は、仕事や趣味に忙しい人ですが、

体調も崩さず、家族のために本当に一生懸命働いてくれて、

感謝感謝の一言です。

特に今年は忙しい中、息子の塾の懇談にまで出向いて、

息子に「今〇〇ちゃんは受験勉強を通して“学び方”を学んでいるんだよ。

将来仕事をした時に新しく覚えなきゃいけないことなんかが出てくるけど、

自分なりの物事の習得方法を身に付けておくと、

何でも諦めないで取り組める様になるから。

自分で、努力してやり遂げられたっていう経験が自信に繋がって、

それが生きる上で、ずっと〇〇ちゃんを助けてくれる。

人間の能力に差なんて無いんだ。

セーノでみんなと一緒に同じことが出来なくたっていい。

最後まで諦めなかった人が成功出来るんだから、時間がかかっても

やり続けられる忍耐力を身に付けてね。」というアドバイスをしていて、

「私も子供の頃に親からこう言ってもらえてたら、

人生も変わってたかもしれないな…。」と涙が出そうになりました( ; ; )

ウチの子供達はこんな父親がいて幸せだな〜。

そして、こんな価値観の息子を育てた夫のご両親にも本当に感謝です(*´ω`*)

 

最後に、私はと言えば…

仕事も家庭も趣味も色々ありましたが、

基本的には大きな変化も無く、年々マンネリの中…(^-^;

今年は、思い切ってこのブログを始められたことが一番大きな出来事でした。

こうして、毎日ブログを続けるのは正直しんどい時もありますが、

先の夫のアドバイスを受けて(私にじゃないケド(^^;;)、

忍耐力を持って続けています٩( ‘ω’ )و

 

最初は、過去にすでにやったこともあって

簡単に開設出来る無料ブログを考えていましたが、

この先続けて行くなら自由に運営出来る自分のドメインを持つ方が良いと知り、

難しそうで面倒そうだからと敬遠していた

ワードプレスやレンタルサーバーにも初めて挑戦してみました。

先の息子への夫の言葉が、

40代になった私にも勇気を与えてくれたと思います(*´ω`*)

 

そして、やはり自分のドメインを持つと愛着は湧きますね。

持ち家か賃貸住宅かの違いに似ているかもしれません。

まだまだ始めたばかりですが、これからも続けて参りますので

来年もどうぞよろしくお願いします*\(^o^)/*

 

では、みなさま良いお年をお迎え下さいませ〜m(_ _)m

 

 

 

中学時代の同級生の女の子が性同一性障害だった!40歳過ぎにしてカミングアウトして男として生きることに…。

年賀状を書かなければいけない時期になってきましたね(´ω`)

学生時代のもう卒業以来会っていない人とか、前の職場の人とか…

年賀状だけの付き合いの人って

今さら出さないわけにもいかなくて困りますよね〜(⌒-⌒; )

…と、毎年思っていた私ですが、数年前に届いた中学時代の同級生からの年賀状に

やり取りしていて良かったな〜と思ったことがありました。

 

その同級生はAちゃんという女の子で、当時仲良くしていた子です。

すごくボーイッシュで話しも面白くて大好きだったのですが

卒業後は一度会ったきり、年賀状だけの付き合いになっていました。

そのAちゃんから来た年賀状に印刷文字で目を疑う内容が書いてあったのです(@_@)

 

「あけましておめでとうございます。

突然ではありますが、昨年手術をして男性になりました。

今は理解あるパートナーと幸せに暮らしています。

性を変えたことで名前も変えましたが、

これからも変わらぬお付き合いの程をよろしくお願いいたします。」

 

えーーーー!!!!!((((;゚Д゚)))))))

男になったってーーーーー???

…………

確かに思い当たるフシがたくさんあります。

 

Aちゃんはガリガリなくらいに痩せていて、いつも日に焼けて真っ黒。

ショートカットの髪を軽く立てて、太い黒ブチのメガネをかけていた

その外見はほとんど男の子でした。

 

そして、制服のスカートをすごく嫌がってました。

「小学生の頃までズボンしかはいたことなかったのに

中学入ったら制服で絶対スカートはかなきゃいけなくなって嫌なんだよね。

何で女子だからってスカートはかなきゃいけないんだろうね。」と言うAちゃんに

「何でそんなにスカート嫌いなの?」と聞くと

「だって私に似合わないよ。気持ち悪いじゃん。」って言ってたっけ…。

 

また、休みの日に一緒に遊びに出掛けた時も

Aちゃんは黒いシャツにネクタイをしてズボンをはいていました。

スカート姿の私を見るとAちゃんは

「そんな格好、うちの親が見たら泣いて喜ぶよ。

いつも、もっと女の子らしくしろって言われてんだ。」と言っていました。

この時、一緒に歩いていた私とAちゃんを偶然見た父が

私が男の子と歩いていると勘違いして心配したくらい

Aちゃんは男の子にしか見えませんでした。

 

また、Aちゃんは猫背がすごくて、背中に矯正バンドを着けていたのですが

今思えば、胸のふくらみが嫌で隠す様な姿勢になっていたんだと思います。

 

社会人になって一度会った時のAちゃんは

ショートカットはそのままでしたが、スーツのスカートをはいて

濃いめの化粧でタバコをスパスパ吸う姿に変わっていて驚いたものです。

「スカートなんてはいてんだ。」と聞くと

「上司がうるさいんだよ。化粧もさー、ちゃんとしろってうるさいから

毎日ちゃんとやってるよ。」と、またタバコ…。

当時は、Aちゃん変わったな〜と違和感を感じましたが

今思えば、ヤケクソだったんだと思います(◞‸◟)

 

Aちゃんは、やっぱり女じゃなくて男だったんだ…( ˙-˙ )

それなのに、周りから女らしくしろってずっとずっと言われ続けて

ずっとずっと辛かったろうな…。

40歳を過ぎて、やっと男として生きれる様になって良かったね。

でも私にとって、Aちゃんは男でも女でもAちゃんであることに変わりないから

性別って大した問題じゃないんだな〜と思わずにいられません。

テレビではよくオネエタレントの方々を見かけるし、

性同一性障害の方がいるということも知っていました。

でも、どこか遠い存在に感じていたのが

いざ自分の同級生が性同一性障害だと知ると、

本当にそういう障害は周りからの重圧との闘いの連続なんだと痛感します。

 

男らしく、女らしく…。

無意識のうちに押し付けて、本人の苦しみになんて誰も気付かない…。

本人だって、子供のうちは違和感としてしか受け止めておらず

まさか、自分の性が本当は違うなんて

あの頃のAちゃんも気付いていなかったんじゃないかな…。

 

でも、男だろうと女だろうと

その人であることは何も変わりません。

今、Aちゃんのことを理解して一緒にいてくれるパートナーの方も

Aちゃんの人間性に惹かれたんだよね。

分かるよ、だってAちゃんはすごく面白くて優しい人だもんね!

 

印刷屋さんも驚いたであろう、あの年のAちゃんの年賀状。

新年に男であることをカミングアウトして、

新たな気持ちで人生を歩み直していく決意だったんだろうな…。

 

Aちゃん、お幸せにね!

いつか、また会いたいな〜(´-`).。oO

 

実録「ママ友」問題!ボスママの悲しい末路と、今だから言えること。

ママ友問題って、子供が中高生になってしまうと

自分の周りではめっきり聞かなくなっていたのですが、

最近たまたまテレビで耳にして、ちょっと思い出したことがあります。

 

自分史上、一番ママ友トラブルがあった幼稚園時代のこと…。

 

私の子供の通っていた幼稚園には、入園当初から仲良し同士で入ってきたらしい、

すでにボスママとチーママと呼べる2人組みの存在がいました。

入園式の日の廊下で、さっそくギャーギャー大声で盛り上がっていた2人に

「これが世間でウワサのママ友とかいうやつか…(¬_¬)」と思ったものです(。-_-。)

その後2人は、気弱な人や調子に乗りたいタイプの人を取り込んで軍団を大きくし、

いつも6〜7人くらいで徒党を組み、嫌な雰囲気を醸し出す様になりました。

 

毎日、幼稚園が終わった後は近所の広い公園のベンチを溜まり場にし、

軍団メンバーが「今日は公園に行けない」なんて言おうものならボスママから非難の嵐で

無理矢理公園に駆り出すか、「もう一緒に遊びたくないってことなんだ〜。」とか

「いない間に何言われても知らないよ〜。」などのイヤミ攻撃を連発。

 

また、軍団メンバー以外がその公園に行こうものなら、

ボスママはすぐさまデカイ声で

「あっちから挨拶して来ないならこっちから言うことないって。」と

軍団メンバーに指令を出し、挨拶したらしたで

「“コンニチハー”だって。なんかいい人ぶっててムカつくんだけど。」など

そのママのモノマネや悪口を言っては下品に笑って盛り上がります。

 

だんだん、その公園には軍団メンバー以外行かなくなってしまい

みんな仕方なく、ちょっと離れた公園や狭い公園でこじんまり遊ぶ様になっていきました。

 

このボスママは本当に気の毒なくらい性格が悪くて、

「クラスのママ達の中で、自分のグループの人も含めて

悪口言ったこと無い人なんて1人もいないさ。ワハハハハー(≧∀≦)」

と自分で豪語するツワモノでした。

行事などで仕方なく話しをする機会があっても、

完全に人を見下して偉そうな態度でマヌケな意見ばかり押し付けてくるボスママ。

チーママはまだしも、軍団ママ達は何であんなボスママと一緒にいるのか…。

こんな負の繋がりでいるグループなんて、

自然に足の引っ張り合いで自滅する日が来るさ、と思っていたら

やはり、さすがのチーママも引くレベルだったのか

ついにボスママとチーママの2人が揉めてグループが分断してしまいましたd( ̄  ̄)

 

最初はボスママが元のメンバーを率いる形でチーママを外したのですが

チーママはボスママほど性格の悪い人ではなかったので、

だんだん外されたチーママに同情が集まり、最後はボスママ1人が外されたのです。

 

クラスのママ達はそれまで散々ボスママにやられてきた手前、

「やっぱりね」「ザマーミロ」「自業自得」「因果応報」などの意見ばかりで

もちろん味方はしませんし、チーママと軍団の取り巻きだったママ達に至っては、

急に軍団以外のママ達と仲良くなろうとするポリシーの無さ…。

いやいや…権力を失った途端に世間は冷たいもんですなぁ(*´-`)

 

その後ボスママは急に大人しくなり、今まで散々見下していた私にまで愛想をふる始末。

「あのデカイ態度と声はどうした?オイ。今日はモノマネしなくていいのか?」と

心の中でツッコミつつも、私もまだ若かったノデ何も言えず、

ボスママに話しかけられても「へー、ソーナンダー」と能面の様な対応でしか

拒絶感を表すことが出来なかったことを覚えています。

 

最後はボスママもチーママも、子供を一緒に遊ばせないなどの幼稚な対応をしたまま

口もきかないまま卒園までいってしまいましたが…。

あれから10年以上経って、今頃どうされていることでしょう?

 

あの頃は気付きませんでしたが、この歳になってみれば

あのボスママもチーママも不安とコンプレックスの塊だったと思うのです。

だから、いつも誰かを見下して自分が上に立った気分でいたいし

誰かとずっと一緒にいたいし…。

確かに、学歴の高いママ、美人のママ、お金持ちのママなど

自分らより上と思われるママの悪口は特に激しく言いふらしていたと思います。

「まあ、そうひがむでない\(´ω`)」と、今なら笑ってしまえますが

当時はやっぱり許せませんでしたね〜。

今も、ママ友付き合いの渦中で苦しんでる方がたくさんいると思います。

でも、結局子供を通しての付き合いで、たまたま同じクラスとかに属しているだけのこと。

接する機会が多いので仲良くはしていたいけど、入り込み過ぎる必要は全くありません。

だって私は、当時のママで今でも付き合ってる人、1人もいませんから。

やっぱり最後は家族です。

ママ友を家族より優先してはいけません。

 

そう言う私だって、当時は単身赴任や離婚組のママ達に誘われて

子供達を連れて土日に一緒にお出かけしたり

お金もかかるのに無理してランチに参加したりしてました。

でも、夫はつまらなかったと思うし、本当は他のみんなだって無理してたんじゃないかな…?

別に私が断ったからどうってことも無かったのに、その集団にいる時には

そこから外れたくないと思ってしまう…。

 

でも、まず自分は家族というコミュニティに属しているということを忘れてはいけません。

このコミュニティは生涯続く大切なコミュニティで

自分が本当に困った時や苦しい時にも一番頼れるコミュニティなのです。

ママ友のコミュニティにそんな力はありません。

だから、ママ友とはほどほどに付き合う程度でいいのです。

 

ママ達もみんな人生経験を重ねてくると同じ様なスタンスになるのか

まず、そこまで毎日とか付き合いたがる人は皆無になります。

みんな仕事もあるし、子供にお金かかるし、疲れやすくなってるし…。

そんなにママ同士で遊ぶ余力のある人はいません。

 

今はまだママ友付き合いで大変な方も、必ず解放される日が来ます。

グループを作りたがったり、悪口を言いふらしたり、毎日会いたがったり、

それは、みんなみんな不安だからなんです。

その、「みんなも不安なんだ」ってことに当時気付いていれば…

また少し違ったママ友達との付き合いも出来たんじゃないかなと思い

ちょっと思い出話しをしてみました…(*´ω`*)

 

人生は旅と似ている…。最期の時に何を思うのか(´ー`)

先月、母方の叔母が亡くなったばかりでしたが

昨日は父方の叔父が亡くなりました。

親戚とは言え、普段は会うこともほとんど無かったのですが

いざ亡くなってしまうと、色々な思い出が蘇ってきて寂しくなりますし

また、生きるということについて色々と考えさせられますね…(´ー`)

 

人生は旅に似ている。

人の死に直面する度に、また自分が旅行に行く度に思うことです。

 

何泊の予定で誰とどこに行こうか?

行った先では何をしようか?

ワクワクしながらプランを立てて旅に出発し

行った先々で起きることに喜んだり、感動したり

ハプニングに苦しんだり、悲しんだり…。

人の優しさに触れることもあれば、逆に人の不親切にあったり、

更に騙されたり、盗まれたりしてしまうこともあります。

色々あって悲喜こもごも、それでも、必ず最後の日はやって来ます。

 

旅を振り返って思うのは、その時は大変だと感じたことが

後で一番思い出に残っているということです。

きっと人生も同じで、順風満帆の時よりも

辛かったり悲しかったりしたことを乗り越えてきたという経験が

最後に人生を振り返った時

一番の思い出になっているのではないでしょうか。

また、お土産をたくさん買っても

そこに宿る思い出に価値を感じるのであって

物自体はいくらたくさんあったって、

旅から帰ればほとんど要らないものになってしまっています。

なので、何度も旅をしているうちに、どんどんお土産は買わなくなりました。

きっと、人生も同じで、最期に持っていけるのは思い出だけです。

 

人に喜ばれて嬉しかったこと

人から愛されて幸せだったこと

出会った人との絆に感謝する気持ち

自分で成し遂げたと思えたこと…。

また、反対に

人にしてしてしまったことの後悔

愛してあげられなかった後悔

成し遂げられなかった無念…。

最期になるべく後悔はしたくないですが

生きていれば色々なことがあるでしょう…。

 

私は今44歳。

人生という旅も半分は過ぎたところでしょうか。

いつも、旅程が半分を過ぎてくると

まだ帰りたくないと寂しく感じてきますが

最後は疲れてきて早く帰りたいと思ったり

最終日近くは、やっぱりまだ帰りたくないと思ったり…。

これも、生きている中で感じることと

とても似ているのではないかと思います。

私は、いつも旅の帰り道に

旅の中で色々あったことを振り返って

もう終わっちゃうんだな〜と、とても寂しくなります( ;  ; )

でも、こうして旅行に来られたこと自体に感謝、

一緒に旅行出来た家族に感謝、

大きな事故にも遭わずに無事帰れることに感謝、

旅先で会ったたくさんの人の優しさに感謝、

ハプニングの元となってしまった人へも

思い出をありがとうと感謝します。

 

人生の最期の日もそう思うのかな?

今はまだ分かりませんが

きっと、そう思うんじゃないかなという気がしています…。

 

そう考えると、今辛いことや、それに付随している人にも

思い出をありがとうと感謝の気持ちが湧いてきます(´ω`)

だって、そういった経験が一番の旅の醍醐味と言えるんですから

それこそ旅に来た甲斐があったというものです。

 

亡くなった叔父や叔母の人生はどうだったのかな?

きっと、嬉しいことも辛いこともたくさんたくさんあったんだろうな。

最期の日には何を考えていたんだろう。

そして亡くなった今は

人生を振り返ってどう思っているんだろう…。

 

二人の人生という長い旅の片隅に

少しでも一緒に参加出来たことに感謝の気持ちでいっぱいです。

叔父さん、叔母さん、ありがとう( ˘ω˘ )

今は安らかにお眠り下さい。

そして、次の旅に出られた時には

またご一緒出来るといいですね!(*´ω`*)