「危なかった話し」カテゴリーアーカイブ

アルコール依存症一歩手前だった私が、ある日急に一滴もお酒を飲みたくなくなった話し。

私の両親は共にお酒を飲む人達で、

特に父親はアルコール依存症だったので毎日大量に飲酒していました。

アルコール依存症だった父の最期に、アルコール依存症寸前だった私が思ったこと。

 

そんな家庭で育った私も21歳の頃から何となく晩酌を始め、

それからはあっという間に毎日飲まない日は無いという状態になっていきました。

 

夫と結婚した25歳の頃には晩酌で500mlの缶ビールを毎日3本。

多い時にはさらにチューハイや梅酒など甘いお酒もプラスして飲んでいました。

最初は下戸だった夫も

だんだん私につられて毎日ビールやワインを飲むようになり、

今でも毎日350mlの缶ビール1本にチューハイ1缶かワインなどを飲んでいます。

しかし、夫の酒量はこれ以上増える様子は無いので

アルコール依存症にならない人というのは

こういう風な感じなんだなと思います。

 

対する私は、結婚当初にはすでに飲酒量のコントロールが難しくなっており

少し減らそうと思っても出来ない日々で

ビールの代わりに炭酸水を飲んだりと

人知れず工夫しては挫折する日々でした。

 

子供を妊娠中はつわりが酷かったり、切迫早産で入院したりで

お酒は飲まずに済んでいたのですが

産後、母乳育児を終えると

また以前の様に毎日お酒を飲む生活に戻っていきました。

出産して専業主婦になり、年子の育児のストレスもあり、

ビールやチューハイ、ワインに焼酎まで

毎日夕方から飲み始め、夜にはかなり酔ってしまう毎日。

酒量のコントロールは全く出来なくなっており、

夫や子供に随分心配と迷惑をかけたと思います。

 

そんな生活でも、私の周りにはお酒を毎日飲む人達が多く、

自分でもそんなに問題だとは思っていませんでした。

しかし、娘が小学5年生、息子が4年生の時、

自分でも、毎日母親がこんなに酔っ払ってばかりでは

子供の将来に悪影響を与えてしまう、

とお酒を減らしたいと切に願っていた時です。

 

夕食後いつもの様に500mlの缶ビールを1缶飲んだ後に、

これまたいつもの様に赤ワインをマグカップに注いで

ゴクゴクと飲みました。

すると…

急に気持ち悪くなり吐いてしまったのです。

「アレ?体調悪いのかな?」と思ったものの、もったいないと

またマグカップに残ったワインを飲もうと思ったのですが

どうしても飲めずに捨ててしまいました。

こんなことは、今まで無かったので少々驚きましたが

たまたま体調不良だったんだと気にしませんでした。

 

そして、次の日

夕飯時に意気揚々とコップにビールを注いで

いつもの様に飲もうとすると…

どうしてもアルコール臭が鼻について飲めないのです。

何とか一口飲んだものの、全く美味しくありません。

仕方なくビールは夫に譲り、性懲りもなく今度は赤ワインを飲むことにしました。

ビールよりは口当たりが良いせいか多少は飲めましたが、

また急に気持ち悪くなり吐いてしまいました。

さすがに2日連続でこんなことって…

でも、お酒を受け付けない以外に体調は一切悪くなく

むしろ、変に悪酔いするより精神的にも肉体的にも楽だったので、

この日限りで一切お酒は飲まなくなりました。

飲まない様にしてるのではなく、飲みたくなくなったのです。

 

しかし、あれだけ大量に飲酒していた私が急にお酒を飲まないと言っても

最初は周りになかなか信じてもらえず、

「無理しなくてもいいよ。」とか「一口飲んでごらん。」とか、

ノンアルコールビールを用意してくれたりと、

色々気遣ってもらいました。

でも、無理して禁酒してるんじゃなく

もう、アルコール臭を嗅いだだけで一切飲む気がしなくなり、

逆に、みんなあんな毒物をどうして自ら進んで摂取しているんだろうと思うくらい

お酒自体が嫌でたまらなくなってしまったのです。

 

それまで、どう頑張って減らそうと思っても

毎日、必ず大量に飲んでしまっていたお酒と

こんな形であっさりお別れできたのは

本当に不思議としか言い様が無いのですが、

もしかしたら、アルコール依存症で苦しんで亡くなった父が

私を助けてくれたのかもしれないとも思うのです。

 

その頃の私は夜には必ず泥酔し、

時にはキッチンの床で眠ってしまう程でした。

当時小学5年生だった娘がそんな私の姿を見て

「ママ、またお酒飲んでるの…?」と寂しそうに聞いてきた声が

今でも耳に残っています…。

これじゃあ、今の娘は私が幼かった頃と同じだ。

いつも酔って倒れている父を見ると、

お酒の飲み過ぎで早く死んじゃうんじゃないか?

またお母さんに怒られるんじゃないか?と

心配しない日はありませんでした。

こんなことじゃいけない。

子供達にも夫にも心配と迷惑をかけている。

お酒をやめたい!

どうか、どうか神様!

助けて下さい!

私にお酒をやめさせて下さい!

自分ではどうしようも無い状態になっていたにも関わらず、

病院にかかる勇気も無く、

とにかく神頼みをする毎日だったのですが、

そんな神頼みを真剣に始めてから数週間で

急にお酒を受け付けなくなってしまったのです。

 

こんな都合の良いことが起こるなんて

普通では考えにくく、

単に長年の飲酒で内臓が弱っていたため

もう体がアルコールを受け付けなくなっただけなのかもしれませんが、

その後も、お酒をやめさせてくれたかもしれない神様と

父には毎日感謝しています。

 

お酒の怖さを、もっと若い頃から知っていたら

あそこまでになる程

最初からお酒を飲んでいなかったかもしれません。

私の若い頃は

まだ飲み会でのイッキなど、飲酒の強要は当たり前で、

むしろお酒を飲めないなんて一人前じゃないという空気でした。

でも、今の子供達は小学校で飲酒の怖さについて学んでいる様で

本当に良いことだと思います。

 

子供達の記憶には

私がお酒を飲んでいたことは残っていますが、

そう大きなダメージにはなっていない様で本当に良かったです。

ただ、お酒を飲めなくなって1年くらいした頃に、

気遣ってノンアルコールビールを出してくれたお家がありました。

私がそれを飲んだ瞬間、2人の子供達が走り寄って来て

「ママ!お酒飲んじゃったの!?」と驚いて聞いてきた時に

そこまで心配かけてたなんて…

もう飲まないで欲しいと思ってたんだ…

と、本当に申し訳なく思いました。

「これお酒入ってないんだよ。」と言うと

「な〜んだ。ビックリした〜。

またママお酒飲む様になったのかと思ったから良かった〜。」

と言われ、更に反省…。

もう二度と飲まないから安心して…。

いや、もう体が受け付けなくて飲めないから絶対大丈夫だよ…。

本当にお酒を飲めなくなって良かった…。

神様、お父さん、ありがとう…。

私、少しはこの子達の母親として恥ずかしくないよね…。

 

一度なると二度と治らないと言われる

アルコール依存症の一歩手前までいっていた私が、

なぜか急にお酒を受け付けなくなって救われたお話でした…。





今から12年前に本当にあった息子の誘拐未遂。白昼堂々と犯行に及ぼうとした男女は一体何者だったのか…?

これは今から12年前、息子がまだ3歳だった時の話です。

 

その日私は、4歳の娘と3歳の息子を連れて、

4〜5回行ったことのある、

ウチから少し離れた公園に遊びに行きました。

平日の午後で、人は少なかったですが

他にも数人の親子連れはいたと思います。

 

娘はさっそくブランコに乗りたがり、

息子は大型の木製滑り台を滑りたがりました。

いつものことだったのですが、

とにかく娘は活発な子で

私の言うことなど全く聞かず、勝手にブランコに乗り始め

1人でブンブン漕ぎ始めました。

「危ないから勝手に漕がないの!」と娘に声をかけながら

急いで息子に滑り台の階段を登らせ、

階段の先にあった渡り廊下状の木製の柵の中に入れました。

息子は大人しい子だったので、

おそらく1人では勝手に滑らないだろうと思ったのです。

また、娘の漕ぐブランコの近くに息子を連れて来るのは

過去に何回もあったのですが、

ぶつかる可能性があって危ないと思ったからでした。

 

息子をひとまず木製の柵の中に置き、

すぐに娘の元に駆けつけると、一緒にブランコに乗りました。

ブランコの所から滑り台は距離が近く、

息子の姿も見えていたので、

もし息子が降りてきそうになったら

ブランコを止めて急いで駆けつけようと思っていました。

 

2〜3分ブランコを漕いでいると、

紺色のタイトスカートのスーツにバサバサのロングヘア、

ちょっと公園には似つかわしくない格好と雰囲気の

50代くらいの女性が滑り台の方に近づいて行きました。

木製の柵の中にいる息子に声をかけている様です。

「小さな子が1人でいるから気にかけてくれたのかな?」と思い、

急いでブランコを止めて滑り台の所に駆け寄り、

「どうもすみませ〜ん(・・;)」と、その女性に声をかけました。

すると、女性はチラッとこっちを見たものの、

無表情で何も言わずサッといなくなりました。

 

「こんな小さな子を1人にするなんて、あんた母親としてどうなんだい?」

とでも思って気分を害したのかな…?

それにしても何か変な雰囲気の人…。

女性はその後すぐに公園沿いに路駐していた

キャデラックの様な古びたオンボロの、

四角い茶色の大きな車に乗り、

運転していた60代くらいのサングラスの男性と共に去って行きました。

 

息子はというと…

木製の柵の中で床に突っ伏してうずくまっているではありませんか。

え?泣いてる?

「1人にしてごめんね〜(>_<)

さっき知らないおばさんに声かけられてたの?」と聞くと

息子は顔を上げ

「一緒に山に行こうって言われた…。」と言いました。

「山…?それ、この公園の中の小山のこと?」と聞くと、

「違う…。車に乗って一緒に行こうって…。」

なにーーーーーー((((;゚Д゚)))))))!!

あの女、息子を誘拐しようとしてたんだ!!!!!!

息子は大人しい子なので

騒いだり助けを呼んだりも出来ず、

ただ困って床に突っ伏して

女に顔を向けない様にするしか出来なかったのです.°(ಗдಗ。)°.

 

こんな白昼堂々と、

人気が全然無いわけでもなく、

周りは四方を、それなりに交通量のある道路に囲まれた

視界の開けた公園で、

まさか誘拐なんてことが…。

あの男女からは薄汚い異様な雰囲気が漂っていて、

この辺の人では無さそうでした。

しかも、子供好きという感じでも無く、

誘拐した後の子供を

一体どうするつもりだったのでしょうか?

恐ろしさで、もう頭はパニックです:(;゙゚’ω゚’):

急いで2人の子供達を連れて

他に被害者が出ないうちにと、

近くの交番に駆け込みました。

 

ところが、この交番が

いつもパトロール中で無人の交番で、

机の上にあった電話からおまわりさんに何度電話をしても

全然出てくれず…。

結局、警察に通報も出来ず、

この誘拐未遂事件はうやむやになってしまいました。

 

あの時、私が息子から完全に目を離していた時間は、

実質ほとんどありませんでした。

息子のいた滑り台は

私のいたブランコから、走って10歩といったところで

そんなに離れていたわけではありません。

ただ、私が娘とブランコを漕いでいた間、

息子は3分くらい1人でいたと思います。

滑り台の周りには誰もいなかったので、

私が息子から離れた後に、滑り台の息子を見た人は

小さな子が1人で公園に置いて行かれている

と思ったかもしれません。

 

もし、あの時

息子から完全に目を離していたら…

本当に連れ去られてしまっていたかもしれません。

こんな恐ろしい目に合うとは思わず、

息子にも怖い思いをさせて

本当にかわいそうなことをしてしまいました(T-T)

 

それから公園に行く時は、

2人の子供達から距離を取らないように気をつけ、

私が保護者で側にいる、と誰の目にも分かるように

遊ばせる様にしました。

 

誘拐なんて事件は今はめったに聞かないし、

まさか自分の近くにそんな人間がいるとも

思っていませんでしたが、

幼い子供からは目を離さずに、

いつも注意していなければいけないんだと痛感した事件でした。

 

 

年末深夜、ススキノ帰りに当たり屋に狙われた話し。

毎年、年末になると必ず思い出すとても怖かったことがあります。

 

今から20年くらい前の12月末。

当時、私の両親は札幌のススキノで飲食店を営んでおり、

そこで私と夫も働いていました。

お店までは車で通っていて、

その日も閉店後の深夜12時過ぎに両親を乗せて、

夫の運転で自宅まで向かっていました。

 

駐車場を出てしばらくすると、

前の前を走っていた白いワゴン車が蛇行運転しているのが見えました。

嫌だなと思った時、前を走っていたタクシーが急に左折していなくなり、

私達の車の前にワゴン車が走る形になってしまったのです。

そのワゴン車は左右に大きく蛇行しながら走っていて

危険を感じた私達はかなり車間を空けていたのですが…

ワゴン車は私達の前に車体を横にして急停車したのです∑(゚Д゚)

慌てて夫がブレーキを踏んで車を止めると、

後ろにいた車が次々と左右の道にいなくなって行くのが

バックミラーで見えました。

深夜の通りに私達とワゴン車だけという状況です。

ワゴン車には若い男が1人で乗っており、運転席のドアを開けると

「おい!こっち来い!」と叫んできました。

私達、何かしたっけ…?

車のヘッドライトに浮かんだ男の顔は、

真っ白でガリ痩せ、キツネの様につり上がった目が血走る

恐ろしい形相でした:(;゙゚’ω゚’):

夫は一瞬ブレーキから足を離しましたが、車の前にはワゴン車が横付けされていて

そのまま前に出れば明らかにぶつかります。

男はさらに声を荒げて激しく手招きし、「こっち来い!オラ!こっち来いって!」

と叫び続けています。

あと数センチでぶつかりそうなところまで車は近づいているのに

「何で来ねーんだよ!早くやれやコラ!」

「ぶつけろって!オラ、もっと前出ろって!」と大声で叫ばれ続け、

あまりにも予想外の展開に頭がパニックになり、

つい言われるがままに前に出そうになります(・・;)

しかし、夫は「当たり屋だ。」と呟き、「警察に電話して。」と言いました。

 

慌てて持っていた携帯電話で110番に電話をかけると、

その様子を見た男は慌てて逃げて行きました。

それは良かったのですが…

対応した警察官が…

年末で忙しいからなのか、深夜だから面倒だったのか、非常に態度が悪く

「まだあの車は近くにいるはず」

「他のターゲットを探して同じことをやるはず」

「家までつけられるかもしれない」など、

必死に覚えた車のナンバーと一緒に伝えても

「で、どこ?場所、よく分かんないね〜。もういなくなっちゃったんでしょ?」

など、全くやる気が無く、渋々パトカーでやって来た後も

「まあ、年末は変なのが増えるから気をつけて。パトロールはしとくから。」

といった態度…。

警察は善良な市民の味方のはずなのに、

事件にならなければどうでもいいって、どうなんでしょう。

未然に防ぐという意識が欲しいですよね( *`ω´)

 

それにしても、あのワゴン車の若い男の形相は異常でした。

あの、青白くガリガリに痩せてくぼんだ目の吊り上がった顔…。

激しい蛇行運転の様子からも、多分、薬をやっていたのではないかと思います。

年末の支払い期限にお金を工面したかったのか、

薬を買うお金が欲しかったのか…。

 

年末のススキノから深夜に帰る車は、当時はまだ飲酒運転も多かったと思うので

そんなドライバーにつけ込む手口だったのかもしれません。

幸い、私達は仕事帰りで誰もお酒を飲んでいなかったので弱みも無く

すぐに警察に電話を出来たので何事も無く済みましたが、

20年以上経った今でも毎年思い出してしまうくらい、とても怖い出来事でした(>_<)

 

 

火災の原因色々。実際に聞いた話と経験した話。

冬は空気の乾燥や暖房の使用などで火災が増える季節ですね。

先日も、札幌の中心街ススキノの飲食店ビルで朝火災がありましたが、

店舗内は夜間から無人で、

コンセントのショートが原因ではないかという話しです。

 

飲食店である火災の例としては

炭火焼のお店で閉店後、炭を消した上から濡れ布巾をかけて帰ったら

数時間後に、実は消えていなかった炭の熱で乾いてしまった布巾に引火したとか、

コンロ上のダクト清掃を全然していなくて

数年間溜まったダクト内の油にコンロの火が引火したとか、

コンロ周りの壁の内部が何年もの間に熱で炭化していてある日突然発火したとか、

揚げ物をしながらお客さんと話し込んでしまい、揚げ油にコンロの火が引火した、

などがある様です。

 

消火器の設置は義務化されていますが、置き場所が重要で

決して厨房内には置かない方が良いらしいです。

火災の発生場所は断然厨房が多いので

火災時に厨房の消火器を取りに行ける状態には無いことか多いので

お店や住宅でも、玄関など厨房から離れた場所で、

避難口に近い所がベストの置き場所らしいですね。

 

幸い、私自身は今まで火災にあったことはありませんが

あわや…ということは2回ほどありました。

いずれも自宅のトースターからの発火で

1回目は、パンを焼こうとして普通にトースターをセットして数秒後、

トースターの扉から炎がはみ出てビックリして

慌ててトースターの電源を切って、扉を開けて水をかけました。

これはトースターが古かったこともあって

ヒーターにこびりついていた油やパンくずなどに引火して炎が上がった様です。

燃えるものがすぐに燃え尽きたおかげで

炎も一瞬上がっただけで済んで本当に良かったです(*´Д`*)

 

次は、息子が市販のクッキーを温めようと

アルミホイルではなく、クッキングシートにクッキーを乗せて

トースターに入れてしまった時です。

キナ臭さに慌ててトースターを見ると、

トースター内にはすでにもうもうと炎が燃え盛っていました∑(゚Д゚)

慌てて水をかけようとトースターの扉を開けると

酸素が入ったことで炎は天井まで一気に燃え上がったのです((((;゚Д゚)))))))

火柱とはあのことですね…。

急いで水をかけても炎の勢いは収まらず「これは火事になる!」と思った時に

クッキングシートが燃え尽きた様で炎は急速に沈静化し、

また水をかけて無事に消火できました。

あの時、もし周りの物に引火していたら…

一気に燃え広がって火災になっていたと思います。

その後、息子と2人、しばらく震えが止まりませんでした(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

 

ああいう時にとっさに消火器に手が伸びるかというと、正直、伸びませんでした(-_-)

まず、瞬間的には炎から目を離すのが怖くて現場から離れることが出来ません。

あれ以上燃え広がってきたら初めて消火器を使おうと思うのかもしれませんが…

その時にはもう炎の向こう側には到底行けないので、やっぱり消火器は

家や店舗の出入り口付近に置く方がいいかもしれませんね。

 

火は一瞬で炎となって燃え広がる、という話しは聞いたことがありますが

実際に一瞬過ぎて、かなり焦りました。

思わぬことが発火の原因になることもあるので

厨房内など火気のあるところの整理整頓や掃除、

消火器の置き場所確認には気を付けたい思っています(。-_-。)

 

 

 

北海道、国道230号線中山峠付近の玉突き事故は人ごとでは無い…雪道運転の怖さを思い知らされたスリップ事件!!

昨日、北海道の喜茂別町国道230号線、中山峠付近で

路面凍結によるスリップで車10台の玉突き事故が起きてしまいましたね(>_<)

事故に遭われた方々は本当にお気の毒です…(◞‸◟)

中山峠はウチでもよく車で通る峠ですし、

雪道でのスリップで怖い思いをしたこともあるので、

この事故を聞いた時に決して人ごとでは無いなと思いました。

雪国での車の運転はいつも恐怖と隣り合わせなのです。

 

4年前までウチの車は、FF車、いわゆる前輪駆動車でした。

元々は4WD車に乗っていたのですが、買い替え時に車両価格が数十万円高いのと

燃費が落ちるという理由で、FF車を選択してしまったのです( ̄ー ̄)

9年間乗りましたが、やはり4WD車と比べると雪道には圧倒的に弱かったですね〜。

何で数十万円ケチってFF車にしてしまったのか何度も何度も後悔したものです(TT)

 

まず、雪道の発進時には必ず滑るので、右折時に焦ることが多かったです。

急いで曲がらなければならないのに、滑って発進が遅れてしまうし

「キュルキュルキュル〜」という音が大きくて

「あ〜FFか…」と周りの注目も浴びてしまいます…。

 

また、路面に氷が張った上に、茶色くなった雪がザクザクに積もり

まるで砂漠の砂の様な状態になることがあるのですが

この路面にはめっぽう弱かったです。

信号待ちで止まろうものなら発進が出来ず、立ち往生です(~_~;)

アクセルをふかしても、ザクザクの雪を掴んでしまって下の氷で滑ってばかり。

こうなると、ハンドルを思いっきり右か左に切って

道路から飛び出すイメージで発進しなければ永遠に出れません。

ただ狭い道路などで左右に余裕が無い場合には…

周りのみなさんに押して頂くしかない場合もあります(*_*)

そして、FF車が最高に苦手な路面が凍結した上り坂です。

ちょっとした坂でも、必ず滑って発進に苦労するので

信号が変わりそうで、上り坂に引っかかってしまいそうな時は

最悪、坂の前で停車するという、周りの目を気にしない勇気が必要になります。

周りの車も、FF車が坂で滑って登れないことを知っているのか、

事故られるよりはマシだと思うのか、

クラクションを鳴らされることもありませんでした…。

みんな、明日は我が身なので、こうしたことにも寛容なのでしょうね(^-^;

 

そして、一番怖い思いをしたのが

子供達を連れてスキー場へ行く、長い上り坂でのスリップでした。

その日、シーズン真っ盛りのスキー場へ続く道はずっと渋滞していました。

キツい坂にはロードヒーティングが入っていたので良かったのですが

キツすぎないと判断された坂にはロードヒーティングが入っていませんでした。

凍結した上り坂での停止は、発進できなくなる確率大なので

なるべく止まらない様に、ノロノロ走っていましたが

ついに、坂の途中で停止せざるを得なくなったのです…。

そして発進…………。

アクセルを踏むと………

もう、全く発進不可能どころか、ブレーキから足を放す度に

ズルッズルッと少しづつ後ろに車体が落ちて行く恐怖現象が発生!!

「ギャーーーー!!!」

焦ってアクセルをふかしても

「ギュルルルルルルルーーーー」という音と、焦げ臭い匂いだけで

これまた微妙に後ろに落ちて行くのです!!

しかもナナメに!!

幸い、後ろの車はかなり下の坂の手前で停車してくれていたので

後ろにかなりスペースがあったのが救いでしたが

もし、すぐ後ろに車がいたら間違いなく玉突き事故になっていたと思います(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

その後、車体はどんどんナナメに滑り落ちて、

反対車線の路肩の雪山に軽く刺さった状態でやっと止まりました。

スキー場の駐車場係りの方が反対車線からの車を止めてくれ

「アクセルゆっくり踏んで!」とアドバイスをしてくれましたが

アクセルをゆっくりふかしても、もう全然無理…(ノД`)

しかし!

幸いなことに、この雪山の横に小道があって、

ここに何とか、後ろ滑り状態ながらバックで入ることができたのです!!

周りの車がよけてくれてスペースが広く取れたことと

この小道に入ったことで、車体を坂に対して横に出来たので発進でき、

そのまま何とか元の道路に戻り、坂を上り切ることが出来ました…。

後部座席に子供達が乗っていたこともあり、本当に生きた心地がしなく

その後、手も足も力が入らず、しばらく震えが止まりませんでした。

あの時の周りの方々の判断のおかげで大きな事故にならなくて済み、

今でも本当に感謝している出来事です。

雪国での車の運転は、本当に恐ろしいです。

これは免許を取って20年以上運転している今でも慣れません。

でも、大体どんな路面が特に危ないかは分かってきたので

これからも十分気を付けて運転したいと思います。

そして、雪道で困ってる車を見たら、決してクラクションなど鳴らさずに

車体を押してあげるなりのお手伝いをして助けてあげたいです。

自然の前では人間は謙虚にならざるを得ないということを

毎年、思い知らされてますので…(´ー`)

 

雪国でも自動運転になる日が待ち遠しいですね〜(*´ω`*)

 

高額