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犬の噛み癖は直る?ウチの犬のひどかった噛み癖が、ほぼ直った話し。

ウチには柴犬とビーグルのミックスで

メスの「ラテ」という2歳1ヶ月の犬がいます。

アレルギー体質でもマンションの室内で犬を飼う!〜我が家の決断〜

柴犬とビーグルのミックス犬「柴ビー」の特徴とは?〜ウチの場合〜

この「ラテ」は生後2ヶ月から飼っているのですが、

とにかく噛み癖が酷くて随分と悩みました。

 

ペットショップからウチに来た時点で2ヶ月になったばかりだった「ラテ」は

ペットショップで見た時点ではまだ生後1ヶ月と3週間、

売りに出されて3日目くらいでした。

千葉県のブリーダーから北海道まで輸送されて来ていますので

遡って考えると、遅くても生後1ヶ月と2週間くらいの頃には

もう親兄弟から離されてしまっていたと思います。

そのせいか、本来は犬同士で学ぶはずの噛み方等の加減を全く知らず、

とにかく最初から事あるごとに噛みまくってきて大変でした。

 

嫌だ、楽しい、嬉しい、興奮した、眠い、要求がある…

こういったことで、吠えはしませんが

とにかく一日中、腕や手、足などを噛んできます。

それも加減知らずで、尖った乳歯で思いっきり噛んでくるので

毎日流血、腕や足は傷だらけ、服も随分と穴を開けられました。

困り果てて、しつけの本やインターネットの情報で

噛み癖の直し方を見ては実践するものの

芳しい効果はありませんでした。

 

例えば噛んできたら…

・マズルを掴んで叱る→激しく抵抗されてさらに噛みまくられる。

・体を抑えつけて床に倒して叱る→激しく抵抗されてさらに噛みまくられる。

・犬同士がやる様にこちらも噛み返す→激しく抵抗されてさらに噛みまくられる。

・缶などを叩いて大きな音を出して脅かす→一瞬驚いて逃げるがまたすぐ戻って来る。

・目を見て言い聞かせる→完全に無視して噛み続ける。

・短くダメッと叱る→完全に無視して噛み続ける。

・噛まれてもこちら側が反応しない→痛すぎて無理。

・部屋に1人(匹)にして反省させる→困りはするが噛んではいけないということと結びつかず、またすぐ噛んでくる。

・ケージに入れてしまう→困りはするが噛んではいけないということと結びつかず、またすぐ噛んでくる。

 

とにかく、叱ったり言い聞かせたりと

あれこれやってみても一切効果が無く、

とある説では一生噛み癖の直らない遺伝的に難しいタイプの犬もいるとか…。

ブリーダーから買った訳でもなく、

柴犬とビーグルのミックス犬という割に

どちらの犬種の特徴も出ていない「ラテ」…。

もしかして…コヤツは遺伝的に噛み癖がある犬で

一生直らないのかもしれない…と本気で悩み、

精神的にも追い詰められる日々でした…(T ^ T)

 

「ラテ」が噛んできたら「ガブ、ダメ!」という言葉で叱り続ける毎日。

他所のお宅の犬や、動画で見る犬は

子犬でも噛みまくったりしていないのに

何で「ラテ」だけ?

自分の子育てがやっと一息ついたというのに…

幼少時、非常に手のかかった娘を彷彿とさせる「ラテ」に

子育ての辛かった苦労が蘇ります(;ω;)

でも、他所様に危害を加える様なことがあっては一大事。

「ガブ、ダメ!」

とにかく「ラテ」が噛んできたらこのセリフで叱り続けるしかありませんでした。

 

しかし、ある日。

噛んではいけないなら、どうすればいいの?というところまで

「ラテ」に教えていなかったことに気づきました。

私もそうなんですが、

ダメっていうなら、じゃあどうしたらいいの?って

具体的な指示が欲しいと思うタイプの人っているじゃないですか。

もしかして「ラテ」も他の要求の伝え方が分からず

何をやっても叱られまくる毎日に

自分は愛されていないと感じて苦しんでいるのかもしれない…。

それがまた激しいガブとなって、負のスパイラルに陥っているのかもしれない…。

これって私、娘の幼少時にも同じ思いをさせてしまってて

その後、いたく反省したはずだったんじゃ…?

※娘の幼い頃の様子はコチラに書いてます↓

旅行の計画を立てる時、正反対の性格の者同士はどうやって妥協点を見つけたらいいか?

 

そこで、「ラテ」が噛んできた時に

いつもの「ガブ、ダメ!」の後に

「お利口ちゃんはペロペロでしょ?」と言ってみたのです。

すると「ラテ」は一瞬戸惑った後に

おそるおそるペロペロと舐めてきたのです!

これだ!

やっぱり、どうしたらいいかまでの指示が必要だったんだ!

それからは、毎度「ガブ、ダメ!お利口ちゃんはペロペロでしょ?」

を繰り返す日々。

「ラテ」が噛むのをやめて舐めてきたら

大げさに「お利口ちゃん!お利口ちゃん!」と

撫でて抱きしめて褒めることをセットにするとテキメンに効果が出始め、

1歳前頃には噛み方にも遠慮がでてきて、

ちょっと強く噛んでもすぐハッとして自分でやめるようになりました。

そして2歳1ヶ月の今、

要求がある時に時折軽く噛んでアピールしてくることはありますが

以前の様に、日々噛みまくるということは完全に無くなりました。

 

「ラテ」の噛み癖が直ったのには

「噛むと叱られるけど、ペロペロすると褒められる」ということを

繰り返し繰り返し教えた効果と、

やはり「ラテ」自体の成長もあったと思います。

しつけのサイトなどに、犬の知能の発達段階に応じてしつけないと

意味がないと書いてあることもあったのですが、

初めて犬を飼う私は全く理解していませんでした。

また、中には生後3ヶ月からしっかりしつけないと

後々言うことを聞かなくなると書いてある場合もあったので、

手遅れになっては大変と、すごく焦っていたと思います。

でも、やはり前者の「犬の知能の発達段階に応じたしつけ」というのは

理にかなった非常に適切な考え方だと思います。

人間の子供だって、幼すぎる相手にいくら正論を言っても理解されないのと同じで

犬も幼すぎる時は理解ができないのです。

中には幼少時から大人しく言うことを聞くタイプの子はいると思いますが

気が強かったり、自主性が強かったり、注意力散漫なタイプの子は

叱っても注意しても反省するというところには行き着かず、

「自分は叱られたんだ」という部分しか受け取らないので

反発心から、より負の行動を強化してしまいます。

 

今思えば、まだ生後3ヶ月や4ヶ月の「ラテ」にも

あんなに叱る必要は無かったと思います。

特にマズルを掴んだり、床に押し倒すなど、

強制的に抑えつける叱り方は

反発心や恐怖心を強くするだけで全く逆効果だったと思います。

人間も、暴力や恐怖で支配されてきた人は他者にもそうしてしまいますし、

逆に、愛情や信頼の中で育った人は他者にも優しくできます。

犬も同じなんだと思います。

「ラテ」はおてんばながらも、今ではすっかりお姉さんになり

他所の犬や人にも非常にフレンドリーな犬になりました。

しつけは焦らずに、

やってはいけないことには叱ったり注意した後に具体的な指示を与え、

上手くできたら激褒めし、

日頃もまずは相手を丸ごと受け入れて、

とにかくいつもうんと可愛がって愛情表現をするという方法が

私的には一番しっくりくるやり方だということが分かりました。

子育てと子犬育てをしたことで、46歳にしてやっとここまで学びましたが、

もう活かす機会も無いという…(^_^;)

今度、生まれ変わったらこの部分だけは覚えていて

次の子育てや子犬育てはもっと上手にやれたらな〜なんてね…(^^;

 

犬の噛み癖は、もし直らなければ

最悪、他所様に危害を加えてしまい、

犬を手放さなければならない事態となってしまいます。

なので、しっかり直さなければいけないと焦って

即効性のある最短手段として、恐怖支配や暴力支配に陥りがちです。

しかし、「急がば回れ」で

まずは、犬がどうして噛むのか原因を探り、

「噛む」という方法以外で表現できる様に導いていくということが

結局は一番効果があると思います。

 

子育ても犬育ても、一筋縄では行かずに悩みますよね(*´-`)

こう言う私も、まだまだ他のことでは日々悩み中ですよ〜(´-ω-`)





強烈なカビの臭いがついてしまったシリコンパッキン!酢水に浸けると臭いが取れるというのは本当か?検証してみた結果。

ウチの高校3年生の息子は毎日お弁当を持って学校に通っていましたが、

今は新型コロナの感染拡大を抑えるため臨時休校が続いています。

 

北海道の公立高校は2月末から臨時休校となり、

そのまま春休みに突入→

新学期は4月に3日間だけ登校し、また臨時休校→

現在、すでに5月も末ですがまだ休校中…。

北海道、特に札幌市は感染者数がなかなか減らないので

仕方がありませんね…。

 

ところが…

このコロナの影響(違う)で

我が家では、信じられない小さな大問題が発生していたのです!!

なんと…

4月の2週目に3日間だけあった登校日にお弁当を持って行っていた

息子のお弁当箱が!

5月2週目にまだ息子のカバンの中に入ったままだった!

という…ね(~_~;)

もちろん、洗わずに密閉された状態で…。

見つけた時は

「あ”ーー!!!

ワズレデダーーー!!!((((;゚Д゚)))))))

絶叫モンでした…。

 

かれこれ1ヶ月間放置された使用済み弁当箱。

完全に死んでるよな…。

開けるのコワ…(ー ー;)

 

まず、外側の弁当箱を包む袋からカビ臭い…。

これは相当だよ?

思い切って開けると…

:(;゙゚’ω゚’):

案の定、弁当箱の中は緑色のカビでびっしりでした…(T-T)

幸い食べ残しは無かったのですが、

おかずを入れていた紙のカップ類に残った汁が

びっちりカビ…。

 

もちろん今までも、

カビの臭いというものは嗅いだことはありますが

今回は信じられない刺激臭がします!

 

もう弁当箱捨てちゃおうか…。

カビの刺激臭漂う、弁当箱を包む袋は

中学生時代から使っていた100均の物で

もうヨレヨレだったので迷うことなくゴミ箱行きとなりましたが、

しかし、弁当箱は…

今年の2月に買ったばかりのアルミ製の新品でした。

どうしよう…

気持ち悪いけど…

まず、洗ってみる…?

おそるおそる:(;゙゚’ω゚’):

弁当箱の中の紙カップを捨て、

洗剤をつけたスポンジで弁当箱を洗いました。

すると…

意外と弁当箱本体は生きている!

ということが分かりました。

所々ポツポツと白くなって

アルミが多少腐食しかかっている部分もありますが

大丈夫そうです。

洗い終わった時点で臭いも全く残りませんでした。

さすがはアルミ!

ただ問題は…

仕切りのプラスチック板と

フタの裏の取り外し可能なシリコンパッキンでした。

 

プラスチック板は洗った時点で大分臭いも取れ、

プラスチックの割には何とか復活の気配を感じましたが、

パッキンは重症でした。

色こそ真っ白なままですが、強烈なカビの刺激臭が残り、

これで弁当箱を密閉しようもんなら

弁当自体にひどいカビの臭いが充満すること間違いなし。

パッキンだけ買い替えるという手もありますが…

なんかそれも面倒…。

次の弁当はまだ3週間先まで無いのが決まっているので

ここは、以前に聞きかじった

「酢水」につけてみようか?

なんでも、プラスチックの臭い消しには

「酢水」に浸けておくのが有効と、どこかで聞いた記憶があったのです。

シリコンだってプラスチックと似た様なモンだし

一か八かやってみようか?

さっそくボールに水と少しの酢を入れて

パッキンと、一応プラスチック板も入れました。

放置して次の日…

酢とカビのブレンド臭がキツッ(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

でも、浸けてあった水にカビの臭いが移っていたので

ちょっとは効果あるのかも?

もったいないと言わずに新しい「酢水」に取り替え

浸け置き続行。

 

次の日、まだまだです!

そして次の日…次の日…次の日…

と毎日「酢水」を取り替えながら1週間放置。

 

プラスチック板は完全復活しました!!

もう、全く無臭。

大丈夫ですd( ̄  ̄)

 

しかし…パッキンは手強い!!

大分薄くなったとは言え、

やはりカビの臭いがしています。

ここからはパッキン1人の浸け置きが続きます。

 

毎日「酢水」を取り替えて更に1週間…。

ついにパッキン復活!!

あんなにしつこく残っていたカビ臭がキレイに消えて

酢の臭いだけがしています。

ここから先は真水に浸けて酢の臭いを取っていけば

完全復活だ!

長かった2週間…。

買い替えても、もう届いていたね。

でも、「酢水」効果を実証できたことに意義を感じるワケですよ!

プラスチック(シリコンも)の臭い消しには「酢水」に浸けておくのが有効説。

日数はかかるけど、「取れる」ということが実証されました!

プラスチックやシリコンの臭いにお困りの方は

ぜひお試しあれ〜*\(^o^)/*





実録!精神病院『鍵付き病棟』で見た恐怖の実態と、アルコール依存性の父の最期。

私の父はアルコール依存症で

79歳の時、とある精神病院の鍵付き病棟へ入院しました。

すでに高齢で、長年のアルコール大量摂取による脳の萎縮から、

アルツハイマー病と半身不随、更に糖尿病も患っていた父は

いわゆる断酒のプログラムをこなすなどといった療法の対象外で、

自宅にも置いておけず、

高齢者施設でも預かってもらえず、

仕方なく精神病院へ入院させる以外どうしようもなくなっていたのです。

 

精神病院というと、

ましてや鍵付き病棟というと、

狂った患者が日夜叫んでいたり、徘徊していて

さながらバイオハザードの様な異様な光景が

繰り広げられているといったイメージだったのですが…

まさにイメージそのもので心底驚きました…。

 

まず、入院初日。

看護師さんに案内された部屋は男性だけの4人部屋。

入った途端、床にトイレットペーパーが散乱していて、

仕切りもなく剥き出しのまま置かれたポータブルトイレが

部屋の真ん中にあって共同で使うという

かなり衝撃の光景でした。

 

入院の準備をしていると

向かいのベッドの30代くらいの男性が声をかけてきました。

「ねえ、どうしてここ来ちゃったの?」

ちょっとオネエ口調でニコニコした男性。

「アルコール依存症で…。」と返事をすると

「そう。

僕はね、覚醒剤。

幻覚見て窓から飛び降りちゃって足の骨折っちゃったから

しばらく整形外科に行ってたんだけど今日戻って来たの。

これからよろしくね。」

∑(゚Д゚)

今「覚醒剤」って言ったよね…?

犯罪者じゃないですか!!

そんな人と同部屋!?

同じ依存症とは言え…ちょっと…

父はアルコールなんで犯罪者ではないんだけど…

でも、結局最後は同じってことなのか…と

ものすごくショックでした。

ていうか、覚醒剤使用者って初めて会ったよな…。

 

男性の枕元には家族と写したと思われる写真が置かれていました。

多分、この人のお母さんと兄弟…。

どうして覚醒剤になんかに手を出して、

この若さで精神病院に入院しなくちゃいけなくなっちゃったんだろう…。

なんか…怖いというより哀れで、気の毒で…。

どんな家庭環境だったのかは分かりませんが

家族の写真を飾っているということは

今でもこの人の一番の心の拠り所なんだと思いました…。

 

そして、食事を摂る大部屋に移動すると

そこはまさにバイオハザードの世界…。

 

「バカヤロー!!バカヤロー!!

やんのかテメエ!!コノヤロー!!」とか、

「ご飯だよ〜!!○ちゃんご飯出来たよ〜!!」

など、大声で叫び続ける年配の男女数人が車椅子に座ったまま

壁際に並んでいます。

 

方や、目が見えないのか無表情で真っすぐにこちらに向かって突進してくる

ガリガリに痩せた60代くらいの男性がいて、

急いで避けると、男性はそのまま壁にぶつかり、

ぶつかった壁に向かってずっと足踏みをし続けています。

 

また、防弾ガラスの向こうのナースステーションに向かって

「すみませ〜ん、すみませ〜ん。」と

ずーっと弱々しくガラスを叩き続けている男性もいます。

 

ガリガリに痩せて白髪でバサバサのオカッパ頭の

でも、顔は40代くらいの女性は、

ヨダレと尿を垂らしたまま歩いていました。

お父さん、これから毎日こんな所で1人で過ごすんだ…。

かわいそう過ぎる…。

でも、家に連れて帰るわけにはいかないんだから…。

仕方ない…。

 

食事を終えて大部屋に戻ると

さっそく父のカーディガンとメガネが無くなっていました。

探すと隣のベッドに置いてあり、

多分、隣のベッドの人が自分の物と分からずに持って行った様でした。

隣の人って誰なんだろうと思っていたら、

戻って来たのは

さっき、壁に向かってずっと足踏みをしていたあの男性でした。

 

母がすかさず男性に

「このカーディガンとメガネ、うちのだからね。」と言うと

また男性は無表情でこちらへ真っすぐに突進してぶつかって来ました。

そして、ブツブツ独り言を言っているのです。

すると、向かいのベッドの覚醒剤のお兄さんが

「その人、目も見えてないけど耳も聞こえてないみたい。

前からずっとそうだから、何言ってもムダよ。

ここでは持ち物なんてすぐ無くなっちゃうんだから、気をつけて。」

と教えてくれました。

…ここで一番まともなのは、この覚醒剤のお兄さんという現実…。

 

すると、アルツハイマーで

すっかり普通の会話が難しくなっていたはずの父が突然

「ここはキチガイばっかりだから、アンタ達、もう帰んなさい。」

と言ったのです。

すっかりボケてしまっていたと思っていたのに

父はちゃんと分かってたんだ…。

だったら、だったら、

本当に気の毒でかわいそうだよ…(;ω;)

 

この後、週に一回のペースで

母と、当時幼稚園児だった子供達と一緒に父の元に通いました。

本当は子供達を連れて行く様な場所ではなかったと思いますが、

どうしても父がかわいそうで…

当時の私にできるせめてもの親孝行だったのです…。

 

しかし、いつ行っても私達以外の面会者はいませんでした。

看護師さん達も、家族が来ないのが当たり前の様で

私達が行くと若干迷惑そうな雰囲気すら醸し出していました。

 

そして、ある日面会に行くと

父はベッドに腰と腕を拘束され、

ナースコールも押せない様にガムテープで天井の辺りに固定されていたのです。

驚いて看護師さんに聞くと、

父は夜中に何度もナースコールを押し続け、

何度もトイレに行きたがるそうで、

オムツを履かせてもとにかくトイレ、トイレと

騒ぐのでどうしようもなかったとか…。

ナースコールを押せない様に固定したら

今度は壁を叩き続けて「すみませ〜ん、すみませ〜ん」

と呼び続けるとかで、

やむを得なく腕も固定せざるを得なかったということでした。

確かに、これは自宅でもやっていたことで

身長170cm体重70Kgの半身不随の父を

トイレに連れて行くのは本当に至難の技でした。

しかも、5分おきにトイレに行きたがるので

もう自宅でも面倒を見るのは限界だったのです。

 

これを境に、

父はいつ行っても朦朧とした様子になり、

看護師さんに聞くと

鎮静剤を投与しているとのことでした。

要するに、うるさいから薬で大人しくさせているのです。

でも、自宅に連れて帰れない以上文句も言えませんでした。

 

そして、ある日の父は、目の周りがマンガで見るみたいに

真っ黒に丸くアザになっていたのです。

明らかに誰かに殴られた様でした。

しかし、看護師さんは誰も知らないという一点張りで、

アルツハイマーの父に聞いても、もちろん何も覚えていません。

すると向かいのベッドの覚醒剤のお兄さんが

「お父さん、やられちゃったのね。

僕も詳しくは知らないけど、

お父さん、夜中いつも随分騒いでたから…。

でも、ここじゃこんなこと、あることよ。」と言うのです。

結局うやむやのまま、我慢するしかありませんでした…。

 

また、母が父のために差し入れた結構な量の自家製梅干しを

ナースステーションの冷蔵庫に預かってもらっていたのですが、

ある時全て無くなっていました。

あんなにあったのに、どうして?

看護師さんに聞いても、みんな知らないと…

仕方ない…ここは、普通の病棟では無いのです。

 

そして、父が入院してから1年が過ぎようとしていた頃、

突然、母から「お父さんが危篤だって!すぐ病院に来て!」

と電話がきたのです!!

「え?どうして!?先週まで元気だったじゃない?」

もう、とるものもとりあえず

転がる様に慌てて病院に駆けつけると

母と弟がお医者さんから説明を聞いているところでした。

お医者さんの説明では

父は誤嚥性肺炎を起こし、すでに危篤状態となり

今は内科病棟に移っているとのことでした。

 

この3日前に、母が1人で父を見舞っていました。

その際、ちょっと顔が赤いと思ったので父に聞いたらしいのですが

「大丈夫だ。」と返事をしたとか。

看護師さんに聞いても、いつもと変わりは無いと言われ

そうかな…と思って帰宅したそうです。

しかし、すでにその時には発熱していた可能性が高いと思います。

でも…ここは普通の病棟では無いのです…。

 

内科に移った父の元へ向かうと、

まず清潔な部屋と親切な看護師さんの対応に安心しました。

1年振りに人間らしい環境に戻った父を見て、

もうあの精神病棟には戻らないで欲しい…と

強く強く思いました。

それはすなわち、父の死を覚悟し、望んだも同然でしたが…

でも、それが本音だったのです。

 

父は危篤状態とは言え意識はあり、

酸素チューブで鼻に酸素を送って

点滴を打っているだけでした。

「これで危篤?」と思いましたが、

お医者さんが言うには

点滴で肺の炎症を抑えているけど、

薬の副作用で心拍数がかなり上がっていて

24時間フルマラソンを走り続けているのと同じ状態だとか。

このままでいくと、炎症が収まる前に心臓が持たないだろう…

ということでした。

 

父はアルツハイマー病を患っているので

家族が泊まりでつくことになり、

初日から5日は母が泊まりました。

そして6日目は私が泊まり、

7日目に父は帰らぬ人となりました。

 

7日目の朝、お医者さんに家族が呼ばれ、

今朝、急に父の片足が壊疽を起こして

このままだと足を切断しなければならなくなったと告げられました。

ただ…切断したところで命が持つかどうかで、

どうしたらいいかという相談でした。

 

40年以上糖尿病を患っていた父が最も恐れていた

足の壊疽…。

でも、今、切断なんかしたってあと何日生きられるの?

お医者さんに余命を聞いても全く分からないとのお返事…。

とにかく、今日中に判断しなければならないとのことでしたが、

一旦話しを終え、母と弟と父の元へ向かいました。

 

病室で寝ている父の足元の布団をめくってみると

紫色になった足が見えました。

幸い、本人は気づいていなさそうなのが唯一の救い…。

父は意識があり、目だけでもみんなに挨拶をしようとします。

 

すると、看護師さんがガラガラと

救急救命用具一式を部屋に運び込んできたのです。

「これは…?」と聞くと

「一応のために用意だけね。」というお返事。

そして、「これからシーツ交換しますね〜。」とのこと。

「あれ?昨日してもらったばっかりですよ。」と言うと

「ええ、ええ、いいんですよ〜。」と言うのです…。

これってもしかして…

今日が父の最期だって知ってるんじゃ…?

回診に周って来た先程のお医者さんに

「もしかして、父は今日亡くなるんでしょうか?」と聞いても

「それは分かりません。」とのお返事でしたが…。

 

結局、様々な事柄から父の命は長くないだろうと判断した私達は

足の切断はしないという結論を出しました。

そして、その日の夜10時頃のこと。

それまで眠っていた父が急に目を開け、

怯えた表情で天井を右左と目で追いだしたのです。

「どうしたの?誰かいるの?」と聞いても

怯えきった目でキョロキョロするばかり。

そして11時頃になると、急に血圧が下がり始め

お医者さんと看護師さんが飛んで来ました。

 

お医者さんが処置をする間、

普通、家族は病室から出されると思うのですが、

元々精神病棟からの患者しか受け入れておらず、

誰の面会も来ないのが普通のこの内科では

こういった光景が今まであまり無かったのか、

家族のいる目の前で処置が施されました。

しかし、点滴を早めたことで父の心拍数は激しく上がり

苦しそうでたまりません。

「延命治療はいりません。」という私達の意向をお医者さんは汲んでくれて

早々に処置は終わり、後は母と私と弟で次々と父の手を握り、

最期のお別れを告げていきました。

「お父さん、いつもかわいがってくれてありがとう。

私はお父さんが大好きだったよ。

お父さんの子で幸せだったよ。

今まで苦しかったね。

頑張ったね。

一緒にいてあげられなくてごめんね。

ありがとう。

さよなら…。」

 

すると、アルツハイマーで会話も難しくなっていた父が

一筋の涙を流し、苦しそうに絞り出した声で

「あ…ありがとう。」と言ったのです。

そして心臓が明らかに弱く打つ様になり、だんだん間隔も空き…

そして、そのまま目を閉じ、二度と開くことはありませんでした。

お医者さんが脈と瞳孔を確認し、

「○月○日、○時○分、ご臨終です。」と静かに告げられました。

お父さん、もうあの苦しかった精神病棟に戻らなくていいんだよ。

良かったね。

みんなで一緒に家に帰ろう…。

父の最期は特殊な環境だったこともあり、

本当に最期の心臓が脈打ち止まるまで

側で送ってあげることができました。

たった1人であの精神病棟に1年もいて

本当に苦しかったと思います。

でも、最期は人間らしい場所で

みんなで見送ることができて本当に良かったと思います。

 

精神病棟の患者さんは帰るところが無い方が多く、

もう何十年も入っている方も少なくないそうです。

父は高齢だったこともあり、

入院期間が短くまだマシな方だったと思いますが

今でもあそこにいるであろうあの人達を思うと

辛い気持ちになります。

 

どれだけ酔っても、暴力や暴言を吐いたことは一度も無く

ただニコニコと大人しかった父。

それでも、やはりお酒は

周りの人間も全て不幸にさせる魔力を持っているのです。

お酒は合法の飲み物で

成人であれば、いつでも誰でも気軽に買うことができ、

違法薬物の様なダークなイメージは全くありません。

でも、行き着く先は合法、違法に関わらず同じ

バイオハザードの世界…。

 

私自身もアルコール依存性の一歩手前まで

アルコールのコントロールができなくなって苦しんだ経験があります↓

アルコール依存症一歩手前だった私が、ある日急に一滴もお酒を飲みたくなくなった話し。

でも、もう体が拒否して受け付けなくなり、

全く飲まない生活が8年続いています。

家族や周囲の人達にお酒で迷惑をかけてしまうのではないか…?

という心配から完全に解放され、心底ホッとしながら暮らしています。

父もアルコール依存性にならなければ

もっともっと違う人生を送れていただろうに…。

 

お酒は合法であっても

決して自分を助けてくれるものではありません。

それどころか、自分も周囲の人達も

全てを苦しめて地獄に落とす恐ろしい薬物です。

それを、父が身をもって私に教えてくれたのかもしれないと

今では思っています。





アルコール依存症だった父の最期に、アルコール依存症寸前だった私が思ったこと。

私の父親は昭和3年生まれです。

昭和15年生まれの母とは、年の差婚の再婚で

初婚だった母と結婚した時からすでにアルコール依存症だった様です。

私が幼少の頃には

取手付ボトルに入った大容量のウィスキーが部屋に何本も置かれており、

そのボトルを2日で空ける勢いでした。

 

父は幸い、酔っても大人しいタイプで

暴力や暴言は一切無く、

むしろニコニコしながら泥酔し、前後不覚になる毎日。

朝起きた母が、リビングで倒れている父を怒鳴り、

時には皿を投げつけたり、

食べ残しを父の頭からかけたりという

暴力を振るって起こすという光景が恒例で

幼かった私にとって、酔った父より、

むしろその後、私へも激しく八つ当たりしてくる母が恐ろしかったです。

そんな父の飲酒は年を追うごとに酷くなり、

最後はアルコール性小脳萎縮で半身不随となり、

またアルコール性アルツハイマーも併発し、

79歳で精神病院の鍵付き病棟へ入らざるを得ないことになってしまいました。

幸いなのか、糖尿病を患っていても悪化せず、肝臓も丈夫だった様で

お医者さんにも、

「アルコールで小脳萎縮まで行く前に普通は肝臓がやられてしまうから、

あまり症例としては無いんですよ。」と言われましたが…。

 

父の最期は、精神病院に併設の内科病棟で、

病名は誤嚥性肺炎でした。

精神病院に入院してちょうど1年後のことでした。

どうしてこんなことに…

もっともっと早くにアルコール依存症の治療をしていれば…

いや、その前にお酒は有害だという教育が行き渡っていれば…

男は大酒飲みの方がイキだという時代の弊害なんじゃないか…。

 

父の入院していた精神病院には色んな依存症患者がいて

同部屋には覚醒剤中毒で入院している人もいました。

見舞いの家族など私達くらいのせいか

たいして整頓もされない薄汚れた大部屋の空間で

みんな訳の分からないことをずっと叫んだり、

ボーッと壁に向かってぶつかり続けていたり…。

看護師さん達は防弾ガラスの向こうのナースステーションに入ったきりで

ほぼ無視されて過ごす毎日。

お酒は合法ではありますが、

最終的には違法薬物中毒患者達と同じ部屋で

さながら地獄絵図の中で過ごさなければならない現実がそこにはありました。

 

私が、父が誤嚥性肺炎を発症して入院した内科病棟に泊まり込んだ夜、

隣の部屋に、同じ精神病棟から入院して来ていた年配の男性がいました。

その日、危篤に陥った様で深夜の廊下がバタバタと騒がしくなりました。

お医者さんが駆けつけて来て、看護師さんに

「ご家族に連絡して!最後の面会になるから。」と言う声が聞こえ

看護師さんが「はい!」と走っていきました。

しかし、ややしばらくして戻って来た看護師さんの

「奥さんと息子さんに連絡はついたんですが…

どちらもお見えにならないそうです…。」と言う声が聞こえてきました。

お医者さんは「仕方ない…。」と人工呼吸を行なっている様子です。

そして、しばらくして

「○月○日、○時○分、ご臨終です。」と言うお医者さんの声…。

隣の部屋で偶然にも一部始終を聞いてしまった私は

お医者さんと看護師さんにだけ見送られて

寂しく1人で亡くなっていった男性の人生を考えずにいられませんでした。

あの男性は、きっと、家族にはすごく迷惑をかけて来たんだろうな…

結婚して子供にも恵まれて幸せだった時もあったはずなのに…

どうしてそうなっちゃったのかな…

こんな最期を迎えることが分かってたら

お酒や薬に最初から手を出したかな…。

当時、私自身もアルコールのコントロールが難しくなっていた時だったので

この出来事は心に深く深く刺さりました。

 

この2日後に、父も危篤に陥り、帰らぬ人となりましたが、

むしろホッとした自分がいました。

だって、治って帰るのがあの地獄の精神病棟しか無いなんて

かわいそう過ぎると思ったからです。

当時、私の子供達は2人共幼稚園児で

私が実家に通って面倒を見るとかいうレベルではありませんでした。

母は、大人しいとは言え

毎日毎日、前後不覚になるまで泥酔する父には非常に辛辣で

半身不随でアルツハイマーになった父が精神病院に入院する直前には

母から父への暴力と暴言がエスカレートしていたのです。

 

私にとっての父はとても優しくて、

再婚して晩婚でやっと出来た最初の子の私をいつも可愛がってくれた人でした。

アルコール依存症になる前には優秀だった様で、

当時としては珍しく、地域でも最難関の四年生大学を出ていました。

最初の結婚には失敗して、奥さんに逃げられたと聞きましたが、

そのショックからしばらく引きこもりとなり、一気に大量飲酒が始まり、

アルコール依存症になっていった様でした。

 

父は自営業で飲食店を営んでいたこともあり、

昼から飲酒していても、周りに咎められることは無かった様です。

その環境がますますアルコール依存症を悪化させ、

早期の治療機会を逃したと思います。

また、酔っても大人しく

家族にもニコニコしているだけだったので

母も特に問題意識を持っていませんでした。

ただ、酔ってトイレの場所を間違える、

食べ物の散乱する中で泥酔して爆睡している、

酔っている時の話しは一切覚えていない、

こういったことは母を怒り狂わせ、

父がことに可愛がっていた私に激しく八つ当たりをすることで

父への見せしめにしていたのではないかと思います。

 

こうした要因が重なったことで治療機会を得なかったアルコール依存症の父は

アルコールによってどんどん体と心を蝕まれ、

最後は精神病院に入院してしまいました。

私も父が亡くなった後5年間くらいはお酒を毎日飲んでいたのですが、

不思議なことにある日を境にアルコールが嫌になって一切飲めなくなり、

それ以来、この8年間全く飲んでいません。

あんなひどい依存症患者の最期を見て

お酒は怖いと思っても辞められずにいたのに…

今では、もしかしたら父が助けてくれたのかもしれないと思っています。

アルコール依存症一歩手前だった私が、ある日急に一滴もお酒を飲みたくなくなった話し。

 

あのまま、お酒を飲み続けていたら…

私も最期は精神病院に入院して

危篤になっても夫や子供達にも来てもらえないどころか、

夫や子供達の心にも大きな傷を残して

その後の人生を生きづらくさせていたと思います。

 

お酒は合法で、依存症になる人もいればならない人もいます。

でも、依存症になったら最後、

違法薬物中毒患者と同じ環境で過ごすのです。

ということは、合法か違法かではなく、

お酒も恐ろしい薬物であるということです。

作用は覚醒剤ほど急激ではありませんが、

長年かけて、人の体と心を蝕み、

その周囲の人間にも深い傷を残すのです。

 

テレビでお酒のコマーシャルが流れているのを見ると

どうしてこんな毒物を

「爽快」とか「のどごし!」とか「リラックス」とかいう言葉で

オシャレな若い女性タレントさんや、大人の雰囲気の役者さんに演じさせて、

いかにも「良いものだからみんな飲もう」という風に宣伝するのか疑問に思います。

アルコールは少しならむしろ体に良いとも聞きますが、

少しじゃ抑えられなくなった時、

一気に暴走を始め、その人とその人の周りの人生を奪うのです。

 

私もお酒の美味しさや楽しさは知っています。

でも、今思うと本当に美味しかったのかは疑問です。

むしろ、アルコール臭は不味いと思うのが普通の感覚なのではないでしょうか?

また、酔って楽しいのは相手がどうこうじゃなく、

ただ自分がお酒によって脳のタガが外れている状態で、

普段は抑制されているものが解放されているという楽しさなのです。

お酒に溺れてしまうのには

自分に自信が無いとか、

いたくない環境に我慢していなくてはいけない辛さとか、

それぞれに要因はあると思います。

でも、それは負の感情であることは間違いなく、

アルコールでまやかしの幸せ感を手に入れた様な気になっているのに過ぎないのです。

要は、お酒に騙されている状態です。

どれだけお酒に逃げてすがっても、

最初、楽しい顔を見せてくれたはずのお酒は

最後は私と私の周りの人達を地獄に突き落とすのです。

これは、私がお酒を受け付けなくなってすぐに気付いたことで、

今まであれだけ楽しかったお酒が急に悪魔に見えた瞬間でした。

もう騙されない!

気付けば幼少の頃からずっと私と私の家族を苦しめて来て、

大事なお父さんの人格も体も人生も破壊したお酒…。

今、もしお酒の量をコントロールできなくて苦しんでいる方がいたら

どうかお酒の本当の姿に気付いて欲しいです。

お酒は味方じゃありません。

味方のフリをして入り込んで来る詐欺師です。

自分では辞めることが難しいと思うので、

病院に行って相談して下さい。

お酒なんか飲まない方がずっと自分に自信が持てるし、

周りからも信頼されるし、

周りの人達も自分も楽しませることが出来ます。

 

何より、また今日も飲み過ぎてしまったという劣等感や、

二日酔いの苦しさを家族の前や職場で隠す辛さ、

心配して注意して怒ってくる家族の抱える嫌な気持ち、

そういったこと全てから解放されます。

 

私も未だに、本当にお酒を飲めなくなって良かったと

心の底から思うことが何度もあります。

前の私なら、こういうお酒の席は絶対断らず、

家族との時間よりお酒を飲む時間を優先させてたな、とか

こういったシチュエーションでは昼からでも必ずお酒を飲んで

時間の感覚が分からなくなって帰りが遅くなり、

家族に心配かけてたな、とか

お酒を飲んで気が大きくなって言わなくていいことを言ってたな、とか

こういうところでも当たり前にお酒を飲んで酔っ払い

子供達に心配かけてたな、とか…

数え上げればキリがありませんし、

お酒を飲む人なら思い当たることばかりだと思います。

 

お酒を飲まないことで見えてくるものはたくさんあります。

今後はコロナの影響でオンライン化が進み、

お酒はもう人付き合いの手段では無くなる日も近いでしょう。

私自身、過去を振り返ってみても

お酒の席で得たものは何もありません。

むしろ、嫌な思い出や恥ずかしい失態ばかりです。

 

私の知っている父はいつもお酒に酔っていました。

入院してシラフだった時の父は

いつもよりニコニコもしてなかったし、

いつもより優しくなかったと思います。

もしかして、あの優しかった父の顔は

お酒によって作り出されていただけで

本当の父の素顔は全く違うものだったのかもしれません。

そう考えると

私の育った家族は、お酒によって完全に破壊されていたと言えます。

 

今、私は自分の大事な夫と子供達に、

お酒によって私が経験した、

辛くて怖くて悲しくて寂しくて虚しくて、

お酒を飲む本人からではないけども、

暴力と暴言を受ける理不尽な思い、

不信感でいっぱいな思いをさせないで済んでいるので

本当に良かったと思っています。

 

自分にとって何が一番大切で、

何を一番に優先させなければならないのか…。

お酒は最後に自分を助けてはくれません。

必ず裏切ります。

どうか、お酒の表の顔に騙されないで下さい。

アルコール依存症寸前だった私が、

お酒の本当の怖さを痛感したお話でした…。





犬の車酔いは治るの?柴犬とビーグルのミックス犬が1歳半頃になって自然と車酔いが治った話し。

ウチには2歳1ヶ月の

柴犬とビーグルのミックス犬「ラテ」がいます。

最近、車に乗せてもやっと車酔いしなくなったのですが

1歳の頃は車酔いがひどくて

もしかして、ずっとこのままなんじゃないか…

と不安になっていました。

 

「ラテ」は生後2ヶ月の終わりにペットショップから

ウチにやって来ました。

家に連れて帰る際に、車に積んだクレートに入れて

走ること20分。

全く車酔いの兆候はありませんでした。

その後も、生後4〜5ヶ月頃までは月に2回くらいは車に乗せていたのですが

全く問題ありませんでした。

しかし、生後半年くらい経った頃、

いつも通り車に乗せたところ

走り出して20分くらいしたところで吐いてしまったのです。

 

その後は、車に乗せただけでヨダレがひどくなり

口の周りはヨダレの泡でブクブク状態。

そして走り出して20分くらいのところで

必ず吐いてしまうということが続きました。

いつも通っていたドッグランのご主人に相談したところ、

エサを食べさせないで乗せた方が良いというアドバイスをいただき

その後は朝のエサをあげないで乗せてみました。

しかし、結果は胃液を吐いてしまうという状態で、

車の窓を開けて外の空気に触れさせてみたり、

クレートに入れてみたり出してみたり

おやつをあげてみたり…

と、考えられることは全て試しましたが

一向に車酔いが治ることはありませんでした。

この頃「ラテ」は、車に乗せられると察知した瞬間から

乗ってもいないのにヨダレがブクブク状態になる様になっていたので

メンタル面からもきていたと思います。

もう、車で一緒にお出かけはかわいそうなだけだから

家で留守番させておいた方がいいのかな…と思っていたある日。

「ラテ」が1歳半くらいの頃、

たまたま夕方のエサをあげたばかりでしたが

車で出かける用事ができ「ラテ」を車に乗せたのです。

エサを食べたばかりだったので絶対に吐くと思い

いつも通り、タオルや袋、ウェットティッシュ等を用意していたのですが

不思議なことに20分が過ぎても吐かないのです。

ヨダレはすごくて、口の周りはビチョビチョでしたが

この日は結局1時間以上乗っていたにも関わらず

吐くことはありませんでした。

 

もしかして、空腹で気持ち悪くなっていた…?

車酔いが始まってすぐの頃はエサを食べさせてから車に乗せていて、

それでも吐いていたので、空腹は関係無かったと思います。

しかし、いつの間にか空腹で気持ち悪くなるようになっていたのかも…。

確かに、生後半年の頃に比べると

この頃の「ラテ」の食欲は格段に旺盛になっていました。

 

この日を境に「ラテ」は車酔いをしなくなりました。

相変わらず車は苦手の様でヨダレは出ますが

最初のブクブク状態に比べると

口をクチャクチャ言わせる程度になり、大分改善されました。

クレートに入れていると、時々小声でフンフン鳴くこともありますが

2時間でも大人しくじっとしています。

それでも緊張はしているらしく、

家ではずっと昼寝してるのに、車では一睡もしませんが…。

 

一時は「ラテ」があまりにも車酔いするので悩み、

獣医さんに相談したこともありました。

回答は「車酔いしない犬は最初からしないし、

そこまで苦手な犬はもしかしたら今後も治らないかもしれません。」

というもので、心底ガッカリしました。

しかし、ヒョンなきっかけのおかげで車酔いしなくなり

本当に良かったと思います。

あの日が無ければ、

今だってエサを食べさせないで車に乗せていたと思うので

未だに車酔いしていたと思います。

 

そう言えば、ウチの大学生になる娘も

小学校3年生から5年生くらいまでの間、

急に車酔いする様になって困ったものですが

その後は自然と治りましたので

成長段階というものも関係あるのかもしれません。

ちなみに息子は今までに一度も車酔いしたことはありませんので

個人差はある様です。

 

犬の車酔いは、獣医さんがおっしゃった通り

生涯治らない場合もあるのかもしれませんが、

もしかしたら成長に伴う一時的な症状ということも

あるかもしれません。

気長に付き合って、時々はシチュエーションを変えて様子を見て、

何かのきっかけで上手く克服できれば嬉しいですねヽ(´ー`)





ウォシュレットはフタの自動開閉機能付きが断然便利だったという話し。

我が家のウォシュレットは

2000年に新築でマンションを購入した際に最初から付いていたもので

便座の横に操作パネルのあるタイプ、

当時としては最新式のものでした。

しかし、18年間使ってくると段々故障が始まって…。

 

まず、10年くらい経った頃、

洗浄ノズル付近の掃除をしていた際に

小さな謎のバネが取れてしまったのです(゚o゚;;

どこから取れたのやら便座を外してひっくり返して見ても全く分からず、

「これはついに壊れたかな?」と思ったのですが、

意外や意外。

ボタンを押してから洗浄ノズルが出てくるまでの時間がちょっと遅くなっただけで

普通に使えてホッとしました。

あのバネは、洗浄ノズルが出てくる際に

スピードを上げるために補助的に付いていただけの物だった様です。

 

それから8年間、問題無く使っていたのですが…

ある時から

夫が小用の後、便座を上げっぱなしにしていることが

非常に気になる様になってきたのです。

夫がトイレから出ると100%の確率で上げっぱなしになっている便座。

それを次に入った人が下に下ろすと

バン!と便器が割れそうな勢いで便座が閉まるので

不快で不快でたまらなくなったのです。

もう18年間も使っている便座だったので長年の汚れが落ち切らず、

臭いも気になるし、トイレに入る度に手で触ること自体が苦痛…。

夫に便座を下ろす様にお願いしても

「男は毎回上げて使うんだから何も問題ない。」という開き直りぶり…。

息子はちゃんと毎回便座を下ろしているというのに…。

娘も怒り心頭で、トイレに入る度に

「また上がってる!!」の声と共に

バン!!!!と勢いよく便座を下ろす音…。

「も〜!これ毎回やってたら便器割れちゃうよ〜(>_<)」

と、私もストレスマックス状態…。

軽く家族の危機とも呼べる状態にまでなっていました(^^;)

 

でも…

夫が便座を下ろさないのは今に始まったことではありません。

今まで全く気にならなかったのに

何で急にこんなに気になる様になったんだろう?

と色々考えてみて思い当たることがありました。

便座を下ろした時に、ゆっくり下りる

「ソフト開閉機能」が壊れていたのです!

ウチのウォシュレットにも、

今まで当たり前過ぎて気付かなかったけど

フタと便座の「ソフト開閉機能」がついていたんだ!

なのに、それが壊れたからあんなに勢いよく閉まって

バン!とすごい音がしちゃうし、

ちょっと指で下げようとしたくらいじゃ便座が下りて来なくなって

割としっかり便座自体を触らないと下ろせなくなっていたんだ!

 

ウォシュレットの機能としてはまだ壊れてはいなかったので迷ったものの

もう18年間も使っているし、

ちょうど長期で泊まる来客が来ることもあって

ついに買い替えることにしました。

 

この時に、夫は10,000円くらいの

便座の横に操作パネルが付いている単機能タイプでいいと言ったのですが

(フタ、便座のソフト開閉機能は付いている)、

私は、トイレ床の掃除がしにくい

便座の横に操作パネルが付いているタイプでは無く

壁に操作パネルがあるタイプ、

そして、何より!

家族の危機を救ってくれるかもしれない

フタの自動開閉機能付きを猛烈に希望しました٩(๑`^´๑)۶

 

しかし、フタの自動開閉機能が付くと

大手メーカーのものだと当時70,000〜80,000円くらいはしていました。

しかも、フタだけじゃなくて

便座にも自動開閉機能が付いているともっと高いのです。

フタだけ自動開閉機能付きは結構あるけど

便座までとなると非常に数も少ない…

じゃあ、フタだけでもいいかな…?

と、悩んでみて思ったのが

「問題は便座を自動で下ろしたいってことだから、

フタだけでも自動開閉なら

フタが自動で閉まる時に便座も強制的に一緒に下りるんじゃないかな?」

ということでした。

 

結局、高価な大手メーカーのものはやめて

「ナスラック」というメーカーから出ていた

フタだけ自動開閉付きのウォシュレットにしました。

価格は税抜きで27,000円くらいと

当初の予算は大幅に超えてしまいましたが

自動開閉付きとしては超破格値!

取り付けを自分で行うことで少しでも安くあげることにして

これに決定しました。

結果…

まず、便座の質感が大手メーカーのものに比べると

プラスチック感が強く安っぽいと家族に不評…。

でも、安いんだから当然です。

あと、なぜか便座に厚みがあって

今までより座った感じが高いと、これまた家族に不評…。

これも慣れの問題ですね。

それよりみんな!

肝心なのはフタの自動開閉なんですよ〜!

 

電池式のセンサーをトイレ内の壁に設置してあるので

トイレに入ると…

自動でフタが「いらっしゃい」状態で開く!

タイムラグも無し!

出た後も、便座やフタを自分で下ろさなくても

5分後には自動で閉まる機能付き!

前の人が出て5分以内にトイレに入って便座が上がりっぱなしだったとしても

壁の操作パネルの手動スイッチで、便座を触ることなく閉められる!

閉まる時はもちろんソフト開閉で静か!

しかも、ウォシュレットを新しくしたことで

トイレ内の不快な臭いも激減!

いや〜あんなにストレスの素になっていたトイレが

今や行くのが楽しみな空間に様変わりですよ!

本当に買い替えて良かった!

27,000円でこれだけのフル装備とは

「ナスラック」最高!

フタの自動開閉機能だけでも十分。

だって、便座も触らずに開けられるし、

思った通りフタが自動で閉まる時に

便座も強制的に一緒に閉まるので無問題なんです!

おかげで家族の危機も一気に解消で

本当に「ナスラック」様様ですm(_ _)m

 

しかし、一回自動開閉機能付きトイレにしたら

便利過ぎて、もう自動開閉以外に戻れないかも…。

次に買い替える時まで「ナスラック」さん、

こんな低価格で作ってくれてるかな…?

(残念ながら、すでにもうこんな価格では無い様です(ノД`))

 

「ナスラック」のウォシュレットに買い替えてから1年半が経ちますが

毎日快適過ぎて、あと15年くらいは壊れないで頑張って欲しいな〜と

切に願っているところです(。-_-。)

 





洗濯機を買い替える時に小さいサイズにしてちょっと失敗した話し。

昨年、購入して11年経った洗濯機が壊れました。

11年前は子供達が6歳と7歳くらいだったので

次はとにかく大容量が欲しくて、

サンヨー製(懐かし〜)の縦型タイプ10Kg洗いをチョイス。

もうもう本当に便利で便利で、相当使い倒しました。

※以前、洗濯機を買い替えた時の話しはコチラからお読み下さい↓

洗濯機が壊れた時の話し。

 

しかし、11年が経ったある日、洗濯後に洗濯機の下に

小さな水たまりが出来ていることに気づきました。

「これは水漏れ…!∑(゚Д゚)」

マンション住まいで洗濯機パンも置いていない我が家。

「下の階に漏れたら大変!」と真っ青になって

水の漏れた箇所を探しました。

 

すると、本体ではなく排水ホースからの水漏れの様で

ホースには飼い犬がかじった跡があったのです…ʕ•ᴥ•ʔ(ー ー;)

「な〜んだ。壊れたワケじゃなかったんだ。良かった…。」

と、少しホッとしてさっそくホームセンターで新しい排水ホースを買い

取り替えて一件落着!

…と思ったら、また洗濯後に水漏れしているのですΣ(゚д゚lll)

「ホースの付け方が悪かったのかな?」と

洗濯機の排水周りをよくよく見てみると、

本体の下からも微量に水漏れを起こしていることが判明(>_<)

せっかくホースを新品にしたところでしたが、

もう細々修理しても仕方ない、と本体ごと買い替えることにしました。

 

洗濯機を買い替えるにあたって悩んだのが

洗濯機のサイズです。

前回、洗濯機を買い替えた時はまだ子供達が小さく

おねしょが頻繁だったこともあり、

迷うことなく大容量を選びましたが、

今はもう2人とも高校生です。

娘は進学であと数ヶ月で家を出ますし、

次の年には息子も多分いなくなるのかな…?

これからまた10年使ううちの

ほとんどが夫婦2人ならもう10Kg洗いは大き過ぎるかも…。

 

家電量販店に行って久々に洗濯機の実物を見ました。

11年前に買った時は、

「これからは洗濯水が少なくて済むドラム式が主流になる。」

と、盛んに言われていたのですが

まだまだドラム式は価格が高く、縦型の需要も十分にある様です。

 

ウチも、価格の安い縦型洗濯機を選ぶことにしました。

10Kg洗いなら90,000円以上から、

7Kg洗い以下からはグッと価格が下がって

60,000円以下くらいでした。

10Kg洗いを買っておけば、大容量から小容量まで対応できるし、

本体の大きさも7Kg洗いとさほど変わらないので

使い勝手は間違いなく良いのは分かっています。

しかし価格が30,000円も違う…

悩んで悩んだ末に

やっぱり安さ重視でAQUAの7Kg洗いタイプを選びました。

 

娘が進学で家を出るまでの数ヶ月間をしのげば

今より確実に洗濯物は減るので大丈夫だろう、

と思ったのです…。

しかし、この3Kgの容量の違いが大きかったです(>人<;)

4人家族で、夏場はまだ良かったのですが

秋になって、だんだん着るものが厚く枚数も増えてくると

今まで1日1回で済んでいた洗濯が

確実に2回に増えてしまったのです。

 

タオルやバスマットを薄手で小さいものに替えて

少しでも1回の洗濯で済む様に頑張りましたが

やっぱり入らない〜(*_*)

それでも、娘が進学して家を出れば洗濯物は減ると思っていましたが

コロナの影響で上京はどんどん遅れるばかり…

仕方なくほぼ毎日2回洗濯機を回しています。゚(゚´ω`゚)゚。

 

洗濯機は予算とスペースがあれば、大容量の方が

シーツや毛布もいっぺんに洗えて断然便利ですね。

小さなサイズに買い替えるのは

本当に家族が減ってからで十分だったな〜と思った次第です(´-`).。oO





高校を卒業したばかりの娘が「ピアスを開けて髪を染める」と言い出したら親としてはどう対応したらいい?

ウチの娘は今春、高校を卒業しました。

卒業前から「卒業したら速攻でピアス開けて髪染めるから。」

と宣言されていたのですが…

親としては、「いやいや、どうしたもんだい…?」と内心戸惑っていました(・_・;

 

まず、私自身はピアスを開けていません。

理由は「耳たぶに穴を開けるのは痛くて怖いから」ということと、

「ピアスが髪の毛や枕にひっかかりそうで気になるから」というもので、

耳に飾りを付けたいならイヤリングで十分じゃないかと思う派なのです。

でも、娘はイヤリングは痛いし、落とすからイヤだと言います。

「ピアス開けるときの方がずっと痛いと思うよ?」

「イヤリングだってピアスだって、落ちる時は落ちるんだよ?」

「アレルギー体質だからピアスで金属アレルギー起こしたら困るよ?」

「耳たぶに穴開けちゃったら一生跡が残っちゃうよ?」

などという私の説得は全く聞き入れられることはなく…

自分で開ける、とピアッサーまで買ってきました。

「せめて病院で開けたら?」と聞くと、

病院は高いからもったいないと言うのです。

自分でネットで散々調べ尽くしていて

ピアスを開ける手順や後のケアまで詳しく説明してくれました。

まあ、今時ピアスが開いているからといって偏見のある時代ではないし、

今、反対してやめさせても大学進学で東京に行ったら勝手に開けそうだし…

それなら、まだ私の目の届くうちに開けさせた方がいいかな…、

と認めることにしました。

本当は辞めてほしいけど…(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

 

そして、娘が高校を卒業してすぐのある日、

私が外出から帰って来ると

「ピアス開けたさ!」と娘が部屋から飛び出して来たのです!

「え!!∑(゚Д゚)大丈夫だった?!」と驚いて聞くと

「全然、痛くないし大丈夫だったよ。」とのこと。

「いや〜怖かったしょ〜。よく1人で開けたね〜。」と聞くと

「YouTubeで実際にピアス開けた人の実況見て

同じにやってみたから怖くなかったよ。

痛さも全く無いから、3個目も開けたいくらい!」と言うのです。

…いやいや

3個目はさすがにママも反対ですよ。

ピアスが両耳の耳たぶに1個づつ開いていることに関しては

今時、何も思いませんよ。

でも、3個目以降は…

見た瞬間に「超オシャレ系の人」か「ヤバイ方の人」か、

とにかくアレな人なのかなって感じに思ってしまうよ、ママは。

偏見だとか古いとか言われても、やっぱりそうじゃないかな…。

娘も数日考えていましたが

「やっぱり3個目はやめるね。」と言ってくれて本当に良かったです(ToT)

娘のピアスホールはその後も全く赤くなることも腫れることもなく

順調に出来上がりつつある様です。

 

髪の毛を染める件に関しては

私も若い頃、茶髪ブームに乗って染めたことがありますので

気持ちはよく分かります。

でも…「オシャレ」に見えるか「怖い人」に見えるかは

非常に難しいバランスで…

純和風顔で色白の私の場合は

完全に「怖い人」にしか見えなくなってしまったので

その後、染めたことはありません(^_^;)

 

娘の場合も…同じになる様な…?

でも、髪の毛はまた伸びるので、失敗しても取り返しがつきます。

娘は今流行りの「ダブルカラー」という技法で

「ミルクティーベージュ」とやらに染めることにした様でした。

まあ、要するに、黒髪の上に茶色を入れても色が綺麗に出ないので

1回全部ブリーチで金髪にして

そこに茶色を入れましょうと言うことです。

 

1回、全部金髪か…。

まあ…やってみたらいいんじゃない…。

その後の展開は大体想像つきましたが

娘は意気揚々と美容室で

綺麗な黒髪だったロングヘアを「ミルクティーベージュ」に染めて来ました。

その後の経過は…

染めた当日…黄色がかった濃い目の茶髪。

染めて3日目…かなり明るい茶髪。

染めてから1週間…ほとんど金髪。

 

予想はしていましたが、

思ったよりずっと早く色が抜けてしまい

これって…ちょっと…(・_・;

当の娘も引くレベルですよ…。

 

こうしてピアスにほぼ金髪と化した娘…

もう、どこからどう見てもアレな感じです(ーー;)

 

娘の友達の中には親から反対されて

ピアスも髪の毛を染めるのも諦めた子が何人かいます。

親として当然の判断でしょう。

ウチの娘だって私が強力に反対すれば諦めていたと思います。

でも…

私自身が学生時代、

親の時代錯誤の価値観の押し付けが本当に嫌でたまらなかったので

娘にはそうはしたくありませんでした。

また、何事も自分で経験して判断してもらう方が

その後の行動にも責任が生まれるとも思ったのです。

それに、娘も今はまだ学生ですから

ある程度の失敗は許されると思いますしね(´ω`)

 

案の定

娘は、もう「ダブルカラー」など髪のブリーチは二度としないと言っています。

染め直してもすぐ金髪化してしまう髪の手入れと

新しく生えてくる黒い髪の毛との境目のケアを考えると

これから何年も面倒〜な思いをすることに、やっと気付いたとのこと。

私もこの件に関しては予想がついたので、事前に散々説明したのですが

やっぱり自分で経験してみないと分からないものなんですねσ(^_^;)

 

ウチの場合も親として、

娘のピアスや毛染めに強固に反対したい気持ちはヤマヤマでしたが

今では、娘を信じて娘に判断させて良かったと思っています。

また、娘はピアスに茶髪になってから、

初対面の人にはすっかり「怖い人」か「ヤバイ人」扱いされるらしく

それもイヤみたいです(^-^;

これも私としては予想の範囲内でしたが

やはり経験してみないと分からないことで…

残念ながら、人は外見で判断されてしまうことが多いということにも

気付いてくれたと思います。

 

しかし

すっかりスウェット姿が板につく風貌になった娘…

やっぱり茶髪は「オシャレ」と「怖い人」とのバランスが難しいですね(^_^;)





アルカリ性のコールドパーマを20年以上かけ続けてきた結果、髪はこうなった。

私は20歳代前半から40歳代半ば過ぎの最近に至るまでの20年間以上、

ずっと髪に「コールドパーマ」という

アルカリ性のパーマをかけ続けてきました。

理由は「ドライヤーなどでセットするのが面倒だから」という怠惰なもので…(^^;)

とにかくパーマをかけておけば

朝も簡単に髪型が決まるので重宝していたのです。

 

いつも同じ美容室に行っていたわけではないので

その時々で値段も様々なパーマをかけておりましたが

なるべく安いタイプを選んで

4〜5ヶ月に1回という頻度でパーマをかけていました。

しかし、30歳代までは髪の傷みが気になったことは全くありません。

元々、髪や肌が丈夫な体質らしく

細い髪ながら枝毛ができたことも無く、パサつきとも無縁。

むしろ枝毛切りをすることに憧れていたくらいでした(^_^;)

 

そんな折、40歳を過ぎた頃に

シャンプー・カット込みでパーマが3,000円という

超良心的な価格の美容室が家の近所にオープンしたのです*\(^o^)/*

チェーン店ではない個人経営のお店で、

“「安い」理由は技術料のサービスです。

決してパーマ液の品質を落としているわけではありません”ということ。

「いや〜これはいいわ〜(≧∀≦)

この価格なら今までより頻繁にパーマかけれて良くなるしょ〜。」

と、パーマが取れやすい髪質の私は安易にかける頻度を上げ、

2〜3ヶ月に1回はかける様になったのです。

しかも、年齢的に

ロングヘアにできるのもあと少しかもしれないと思い

肩くらいの長さだった髪を肩下15㎝くらいまで伸ばし始め、

全体的に髪のボリュームが落ちてきたからといって

頭の上からきつめにパーマをかけることにしたのです。

ロングヘアになり、パーマをかける頻度を増やしてから1年くらい経った頃、

産まれて初めて自分の髪の毛に枝毛を発見しました。

しかも何本も!∑(゚Д゚)

さらに、毛先のパサつきも気になる様になってきたので

美容室の方に

「毎回パーマを頭のてっぺんからかけていますが

1本の髪の寿命が7年くらいと考えると、

長い髪の毛先に関しては何十回もパーマをかけることになりますよね?

そうすると、やっぱり傷んじゃうんじゃないですか…?」と聞くと

「う〜ん…大丈夫、大丈夫!

今はそんなに傷んでないし、大丈夫だよ。」との回答…(゚ω゚)

この美容師さん自体も背中の真ん中くらいまであるロングヘアで

長年、縮毛矯正とカラーを続けているとのこと。

「もしかして私の髪、傷んでるんじゃないかな〜」と不安に思っていたのですが

(もしかして、ではなく明らかに傷んでたんですが^^;)

この美容師さんも

パーマより髪に負担をかけると言われている縮毛矯正続けてるっていうし

何よりプロの言う「大丈夫、大丈夫」に勇気づけられ

その後も懲りずにパーマをかけ続けてしまいました。

それから更に1年…。

パーマをかける度に毛先を整えるくらいのカットはしていたものの

ロングヘアは更に伸び…。

ついに毛先が茶色に変色し、手触りもゴワッゴワになってしまいました(>_<)

しかも、枝毛どころか激しい切れ毛が発生!!

髪の毛をとかす度に毛先5㎜くらいの髪の毛が切れて

チラチラと服や洗面台に大量に落ちるのです((((;゚Д゚)))))))

あまりにもひどい切れ毛のことを先だっての美容師さんに相談すると

「いや〜…正直に言わせてもらうと、傷んだ毛先は切るしかないと思う。

もう色もかなり変わっちゃってるでしょ?

ここまでくるともうね…。

まあパーマをかけ続ければやっぱ傷んじゃいますよ。」

との回答Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

 

ええ、ええ。

私もずっとそう思ってましたよ。

理論的に考えても、1ヶ月に1㎝伸びる髪の毛が

肩下15㎝なるまで6〜7年かかりますよね。

ということは、毛先に関しては今の頻度でいくと

20〜30回パーマがかかるということになりますよね。

弱酸性の髪の毛にそれだけの回数アルカリ性のパーマをかけ続ければ

やっぱ傷んじゃいますよね〜(*⁰▿⁰*)

 

…ってアナタ

1年前に私が質問した時

「大丈夫、大丈夫」って言ったじゃないデスカ(´;ω;`)

しかも今回の「正直に言わせてもらうと」って…

なんで最初から正直に言ってくれなかったのデスカ?

私の髪が傷んでるのを伝えるのが気の毒で遠慮したのデスカ?

それとも本当のことを言っちゃうと

もうパーマかけなくなっちゃって

価格の安いカットしかしなくなると思ったからデスカ…?

 

…まあ、自分の髪の毛のことですから

自分が一番先に気付いて対処しなければならなかったとは思います。

でも、プロに「大丈夫」って言われたら…

現実には傷んでる髪の毛のことを直視せずに

その言葉にすがりついてしまう気持ち…

私の甘えと言われればそうなんですが

コレって…(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

 

そしてついにロングヘアを肩上くらいまでカットするしかなく、

長年かけ続けてきたパーマを辞めることにしたのです。

今、パーマを辞めて約10ヶ月が経ちましたが

切れ毛は大分無くなったものの、まだ毛先はパサパサです。

そして、最近美容室に行くと、

なんと、あのロングヘアだった美容師さんが

ショートヘアになっていました!

「髪、切ったんですね(゚o゚;;」と驚いて聞くと

「長年の縮毛矯正で髪、傷んでひどかったんだよね〜。

ずっと我慢してたけどついに限界になって

切っちゃいました。テヘヽ(*´∀`)」みたいな…

 

そうなんだ…

プロだから知識もあってお手入れだって完璧だったはずなのに…

しかし、そのプロをもってしても

ロングヘアに何十回もアルカリ性のパーマをかければ傷むしかないという事実!!

当たり前と言えば当たり前なのですが…

あ〜あ…

せっかく伸ばした髪だったのに、お互いに残念でしたね〜(◞‸◟)

 

まあ、学生時代以来久しぶりに

素の髪の毛で暮らしてみるのも悪くありません。

若い頃みたいなツヤもハリも無く

微妙にうねって広がる髪にはなってしまってはいますが…。

でも、最近はクリクリのパーマより

ナチュラルなストレートヘアの人多いですよね。

とりあえず、パーマをかけたことのないすっぴんの髪だけになるまで

このまま頑張ってパーマ無し生活を続け、

数十年ぶりに地毛の様子を見てみようと思います。

若い頃はストレートのサラサラヘアでしたが

40歳代半ば過ぎの今、果たしてどうなっていることやら…?

思わぬシチュエーションで車のセキュリティアラームが作動!どうしてなのか?私の場合はカギの解除方法でした。

先日、初めて我が家の車のセキュリティアラームを作動させてしまい

非常に焦りました!

 

娘と2人、路駐した車内で

車外の夫の用事が終わるのを待っていた時。

前に停めてあった車がいなくなったので

路駐していた場所を前に移動しようと、

助手席にいた私は運転席に移るのに内側から助手席のドアを開けました。

その途端!

「ビーッビーッビーッビーッ」と

大きなクラクションの音が鳴り響いたのです∑(゚Д゚)

「え?!なになに?」

最初、自分の車からの音なのかもはっきり分からず、

焦って外側から運転席のドアを開けようとしましたが

カギがかかっていて開きません。

車内にいる娘に運転席のドアを内側から開けてもらっても

大きなクラクション音は一向に鳴り止まず…:(;゙゚’ω゚’):

 

場所は札幌駅の交差点付近…。

札幌市内でも最も人通りが多いであろう路上で

「ビーッビーッビーッビーッ」と鳴り止まない

けたたましいクラクション音…。

盛んに行き交う人々の視線が突き刺さります(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

 

焦りに焦って、運転席に乗り込み

恐々エンジンをかけてみると

やっとクラクション音は鳴り止みました(;´Д`A

 

なんでこんなことに…?

娘に聞くと、以前にもあったとのこと。

私と夫が車内に子供達を留守番させてスーパーに寄った時、

車のカギを外側からロックしました。

その後で、やっぱりスーパーに行こうと思った子供達が

内側からロックを解除してドアを開けた時、

大きなクラクション音が鳴り響いたと言うのです!

子供達は車はそのままにしてスーパーに入り(~_~;)

私達と買い物を終えて駐車場に戻った時には

クラクション音は鳴り止んでいたと…。

そんなことがあったとは全然知りませんでしたが(゚o゚;;

原因は今回も同じ、

外側からロックされた車を内側から開けたことにより、

セキュリティアラームが作動したのです。

 

いやいや、知らなんだ(>_<)

セキュリティアラームがついていることは知っていましたが

どんなシチュエーションで作動するかまでは認識していませんでした。

ネットで調べてみると

1「ドアまたはトランクをキー、キーレスエントリー

あるいはスマートキーを使わずに開けようとしたとき。」

2「トランクやボンネットをこじ開けようとしたとき。」

3「エンジンスイッチをⅡにしたとき。」

と、書いてありましたが今回の場合は1に該当するのでしょうか?

いや、まず“キーレスエントリー”って何…?

“スマートキー”っていつも使ってるカギのこと…?

 

この程度の知識しかなく、日々車に乗っていたわけですがσ(^_^;)

まず“キーレスエントリー”とは

車のキーを鍵穴に差し込まなくても

ドアロック、解除が出来る機能のことだそうです。

では“スマートキー”って?

キーを使用しなくても、ドアのロックや解除、エンジン起動が出来る

カギのこと…。

“キーレスエントリー”がドアのロックと解除に限定されているのに対して

“スマートキー”はエンジンの起動も出来る機能のことだそうです。

なるほど、要するにいつも便利に使っている車のカギのことなんですが(^^;)

これを使わないでドアを開けようと…

はいはい!しました、しましたヽ(´o`;

内側からカギを使わずに手動で開けました!

そういうことか〜( ̄O ̄;)

 

いや〜…

でも、だって…

分かるっしょ?

もう4年もあなたに乗ってる私がドアを開けただけなんだよ?

と、車に聞きたいところですが…

そこまでの知能などあるはずもない車さん(^-^;

妙に寂しい気分になってしまいました(´ω`)

 

今後は十分に気をつけて、

外側からロックされた車から出るときは

車内からでもスマートキーで解除してから出る様にします〜(>人<;)