「母のこと」カテゴリーアーカイブ

西洋医学嫌いの母が私に施した民間療法の数々と漢方薬。

昨日、風邪から「蓄膿症」の症状が出てしまった私。

夜に小林製薬の「チクナイン」を飲んで早目に寝たところ、

今朝は頭の重さが取れていたので随分楽になって

「チクナイン」サマサマです(*´ω`*)

この「チクナイン」は成分が生薬の漢方薬で、

副作用の心配が少ないのがありがたいですね。

 

しかし、副作用が少ないのは確かにありがたいのですが、

私の母がとにかく西洋医学より

漢方薬と民間療法が大好きな人で、

何かにつけて自前で施したがるので

子供の頃は嫌な思いも随分したものです(ー ー;)

 

私は幼少の頃、重度の「蓄膿症」で

小学校に入ってからは耳鼻科に通う様になったのですが、

幼稚園の頃は母の方針で漢方薬で治療していました。

これが、お湯で薬草を煮出して飲むタイプだったのですが、

もうまずいのなんのって…(´ཀ`

苦くて臭くて、飲み込もうにも

体が拒否して吐きそうになってばかり。

自然に涙が流れ出るまずさでした(T-T)

幼稚園に行く前に毎朝必ずカップに一杯飲まされるのが苦痛で苦痛で

おかげで幼稚園に行くのも遅れがちになり、

母からは毎朝怒鳴られながらの登園でした…。

しかも効果は全く無し。

1年間くらいは嫌々飲まされていたでしょうか。

それがある日、その漢方薬屋さんに行った際、

漢方医の先生が

「もう6歳になるならカプセル飲めるかな?」と

同じ成分が入っているという漢方薬のカプセルを出して来たのです!

「そんなのあったの?

最初っからカプセル飲めたよ!

何で早くカプセルにしてくれなかったの?!」

毎日母に怒鳴られて飲まされていた

煮出しタイプの漢方薬の苦痛の日々を思うと、

幼いながらに怒り爆発でしたo(`ω´ )o

先生は「ハハハ、だってまだカプセル飲めないと思ってたからね。

確かにあれは美味しくなくて飲みづらかったと思うよ。」と…

笑いごとじゃないっつーの!

その後、カプセルになって

どれだけ快適になったでしょう。

しかし、肝心の効果は全く無いまま…。

 

そこで母は漢方薬と平行して、庭から取ってきたドクダミの葉をすりつぶし

私の鼻に詰めることにしました。

これを詰めたまま幼稚園に行かされる辛さ…

あり得ないですよね…(~_~;)

しかも効果は全く無し。

流れ出る鼻水の勢いの方が強いため、

長時間ドクダミの葉を詰めておくことは不可能で

数回で辞めてくれたと思いますが、

今でもドクダミにはトラウマがあります…(c” ತ,_ತ)

 

次に母は私のおでこにお灸をすることにしました。

生姜のスライスの上に「もぐさ」を乗せた方が

より効果があると聞いたらしく、

生姜のスライスをおでこに乗せて

その上からお灸をされていました。

しかし、依然として効果が無いことに業を煮やした母は

「もぐさ」の量をどんどん増やしてお灸の時間を長くし、

ついに私のおでこにヤケドを負わせてしまうことに…∑(゚Д゚)

ここまでやっても効果が無いので

やっと諦めて辞めてくれてホッとしたのを覚えています。

 

結局、小学校に上がった後は耳鼻科に通い、

将来は手術しかないと言われながらも

3年生の時に盲腸の手術で処方された化膿止めの薬が効き、

以降「蓄膿症」はすっかり治ってしまいました。

↓その時の詳しい経緯はこちらからお読み下さい。

「生まれつきの重度の蓄膿症が化膿止め薬であっさり治った話し」

 

「蓄膿症」の治療以外でも民間療法ばかり取り入れる母は

私が幼稚園の頃、ノドが痛いと言えば

長ネギを焼いたものを白いガーゼにくるんでノドに巻き、

そのまま幼稚園に行かされました(*_*)

時間と共に、焼いた長ネギの茶色い汁が白いガーゼに染み出し、

友達に「汚い」とさんざんからかわれたことを母に伝えると、

次の日は、母の花柄のハンカチにくるまれた長ネギが…

いや…そういうことじゃなくて…(ToT)

友達のトローチにどれだけ憧れたことでしょう…。

母にトローチの件を伝えると、

さっそく大根のスライスを水飴に漬けたものを作り

「これを飲めばトローチより効く」と言われ

非常にガッカリしたものです…。

 

また、筋肉痛などの痛みには

小麦粉に酢を混ぜて練ったものを

ガーゼに貼りつけて患部に当てる。

もう、シップがある時代に何でこんなこと…

貼っててもずり下がってくるし

剥がした後がカチカチのベタベタで本当に不快でした。

効果だって、あるんだか無いんだか…

そんなことより嫌でたまらなかったです。

 

また、温めた方がいいという場合には

コンニャクを茹でたものをガーゼにくるんで巻きつける…。

カイロのある時代に何で…。

しかもコンニャクすぐ冷たくなります…。

 

熱が出たらキャベツの葉を頭に乗せる。

アイスノンや水枕もあったのに…。

こんなの、近くに病院が無い人が

仕方なくやることなんじゃないの?!

ウチの近くは徒歩圏内にも病院たくさんありましたからーーー!!

 

私の父は逆に、すぐ病院派だったのですが、

母は頑なに西洋医学を否定していて、

今でもよっぽどじゃないと病院には行きません。

「副作用が心配だ」とか、

「所詮西洋医学には限界がある」とか、

気持ちは分かりますが、

度々、怪しい健康食品や健康器具を

高額で購入するのを見ていると

素直に病院に行けばいいのにと思わずにいられません…。

 

今回は「チクナイン」がよく効いてくれたので

病院に行かずに済んでありがたかったのですが

あんまり良くならない場合には

すぐ病院に行く方が賢明ですね(´・_・`)

 

 

習い事をやる意義とは?色々な習い事を次々と辞めてきた私が、子供達に習い事をさせてみて思い至ったこと。

今日も昨日に引き続き、習い事についてのお話です(o^^o)

 

私は子供の頃、

幼稚園の年長で英会話教室、

小学校1年生でスイミングスクール、

3年生〜4年生で絵画教室、

5年生で公文、

中学2年生〜3年生で学習塾、

高校3年生〜19歳まで琴教室に通っていました。

 

こうして書くと立派な習い事をしてきた様に見えますが、

どれも数ヶ月から長くても2年間くらいで辞めたものばかりで

重複して通ったものは1つもありません。

特に、高校3年生から母に無理矢理通わされた琴教室に関しては、

後半の1年間はサボってばかりでほとんど行ってませんでした…(ー ー;)

 

この中で、自分の意思で通ったものは絵画教室のみで、

先生の都合で教室閉鎖にならなければ

もっと通い続けていたと思います。

しかし、他の習い事は、

母が、友達のお母さんに勧められたという程度の動機で

私の意思を無視して勝手に申し込んだものばかりで

役に立ったと言えるのは学習塾だけです。

 

私の母は、「子供の時に色々なことをさせておけば

大人になってから好きなことを見つけるきっかけになるんじゃないか。」

と考えていたそうです。

確かにそれはその通りだと思いますが、

いかんせん、母は「継続させる」という点については全く無関心で、

私が辞めたいと言えば、猛烈に怒り出し

最後は「もうアンタなんか勝手にすりゃいいんだ!」

と怒鳴られ、数日は母から完全に無視される生活に耐えれば

辞めることができていました。

今思えば、絵画教室以外は

通うための送り迎えすら友達の親に任せて、

母は一度も見にも来なかったことから、

母の「教育熱心な母」でありたいという

理想倒れだったんだと思います。

そして、父に至っては

「そんなもんで食える様にならないぞ。」の一言で

習い事全般不要という考え方でした(-_-;)

 

対して私の夫は

公文、学習塾、スイミングスクール、スキースクールに

通っていたそうで、

特にスキースクールはアルペン少年団に所属して

競技スキーを5年間くらいやっていたそうです。

夫の両親の考え方は

「何か1つでいいから得意と言えるものを身につけさせることが

生涯、自分を支えてくれる自信になる。」というもので、

これを聞いた時に、いたく感心しました(;_;)

ウチの父とは全く違うし、

母の付け焼き刃な表面的な理想とも違う、

本当に子供のことを考えてるんだな〜と思ったのです。

夫が言うには

三兄弟で通っていて、もう行きたくないということも

多々あったけど、お母さんが必ず送り迎えしてくれて、

励ましやアドバイスをして説得してくれていたそうです。

そして目標を決めて、そこまで到達するまで辞めてはいけないと

厳しくされていたとも…。

 

ウチの子供達も

公文に4年間、スイミングスクールに4年間、

学習塾に娘は1年弱、息子は今5年目、

スキースクールに3〜4年間通わせました。

 

スイミングスクールは途中何度も辞めたがりましたが、

送り迎えや見学に行き、説得して褒めてなだめて、

2人共なんとかクロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライの

四泳法習得まで出来たので辞めさせました。

 

スキースクールは、

途中から夫も一緒に通い出したこともあり、

送り迎えは必ず行っていました。

娘はスキーが上手で大好きなので、文句を言う時もありましたが

検定を目標に楽しんで通ってくれてました。

しかし…

息子は娘ほどスキーが上達しないこともあり、

何度も「スキー嫌い、行きたくない。」と泣いてごねて困りました。

「もう、かわいそうだから辞めさせようか…。」

と散々悩みましたが、夫は

「◯◯ちゃんはスキーが嫌いなんじゃない。

上達出来なくて検定に受からないから嫌なだけなんだ。

でも、ここで辞めたら挫折感しか残らない。

今は辛くても、最後SAJの級別1級を取れるまで頑張らなきゃダメだ。」

と、息子を説得しました。

それでも毎回泣いてごねる息子に、ついに

「お母さんも一緒にスクールに入って検定受けるから、

頑張って一緒に続けよう。」と言うしかなく、

何とか続けさせることが出来たのです(´-ω-`)

しかし、息子に一緒に頑張ろうとは言ったものの…

スキーなんて八の字のボーゲンしか出来なかった私なので

内心、何度も挫折しそうになりましたf^_^;

でも、子供の頃、

一度も習い事の様子を見にも来てくれなかった母を思い出し、

親が無関心なことを子供だけに頑張れと言う矛盾は

結局、子供の上達に結びつかないと痛感していたので

息子が級別1級の検定に受かるまでの2年間、

何とか頑張って続けました。

 

結局子供達は2人共、6年生までスキーを続け、

最後はSAJ検定の級別1級まで取らせることが出来たので

本当にあの時辞めさせてなくて良かったと

夫に感謝しています。

ちなみに私は級別2級止まりで辞めてしまいましたが(^^;;

ボーゲンしか出来なかったことから考えるとかなり上達出来たし、

「こんな私でもやれば出来るんだ」とちょっと自信に繋がりました。

 

それまでの私は、

嫌ならすぐに辞めることばかり繰り返していたので

その時は楽でも、どこか心の中に自分への後ろめたさや、

「私なんてどうせ何をやっても出来るわけが無い」といった

挫折感がくすぶっていて、

自信の無さをごまかすために頑張っている人を批判してみたり、

否定するクセがついていたと思います。

でも、このスキーの一件で頑張る楽しさを知り、

頑張る人を自然と応援することが出来る様になりました。

そして、夫の優しさや粘り強さは

こういった環境で育てられた賜物なんだと気が付きました。

 

私も夫の両親みたいな人達に育てられてたら、

人生大きく違ったんじゃないかな…。

そう思ったことも何度もあります。

でも、母を反面教師にして、

私は夫とは違った目線で

子供の心に寄り添うことが出来ると思っていますので、

これも宿命なのでしょうね(´-`).。oO

 

今、娘はスキーが学年で1番上手いと

自信を持って学校のスキー学習に臨めています。

最初はスキーしか得意なことが無かったのに、

今では他にも頑張って英検にもチャレンジし、

得意なことを自分で増やしていっています。

 

息子は、スキーは学年4番くらいの腕前らしく、

自信まで持ってはいませんが

それでも、途中で辞めないでやり遂げた経験からか、

一昨年から1年1ヶ月の間、ほぼ毎日学習塾に

授業の無い日も自習に通い続けることが出来ています。

努力の蓄積のおかげか、学力も上がり始め

これで受験に受かってくれれば

また少し自信に繋がる経験になるのではと思っています。

 

習い事は、私の父の様に

「それで食える様にならないぞ。」といった

単に技術習得目的だけでは無い側面が強いと思います。

自分を信じる力や、継続する忍耐力、

上達出来ない時の心の持ち様、

上手くなっていく仲間への嫉妬心のコントロール、

逆に嫉妬の対象になってしまった時のかわし方、

上手くいかなくて悩む仲間への励ましや

応援してもらうことの喜び、

そしてやり遂げた達成感…。

こういった経験が、その後の人生の中で

その人の行動パターンを形作っていく元になるんだと思います。

 

また、子供が挫折しそうな時に

説得して続けさせるのにも親は本当に忍耐力がいります。

なだめたり褒めたり、泣いたり怒ったり、

はたまた一緒にやってみたり…。

でも、こうして苦労して続けさせた結果は

決して悪くはなかったと思っています。

 

どこまでが子供のためなのか、どこからが強要なのか…?

その判断も本当に難しいです(-_-;)

でも、どんな習い事でも

親が関心を持って話しを聞いて褒めてあげることが

何より大切だと思います。

親がスクールに任せっきりで知らん顔では

子供もやる気を失います。

私が子供の頃も、

どれだけ母に見に来て欲しかったことか…。

子供は結局、親に褒められるために頑張っていることが

多いのではないでしょうか。

自己鍛錬とか、己の目標に向かって、なんていうのは

もっと大人になってからの話しです。

まずは、お父さんお母さんの喜ぶ顔や

褒めてくれることを目標に頑張るのです。

そして、やっているうちに上手くなって

そのもの自体が好きになる。

そうなるまで、親がサポート出来れば

後は自分の力で進んで行ってくれるんだと思います。

 

ウチの子供達は、今は高校1年生と中学3年生で、

息子の学習塾以外はもう習い事は何もしていません。

中学校以降は学校の部活があるので、

他の習い事まで時間が取れないし、

もう、親の意思だけで子供に習い事をさせることも出来ないからです。

 

子供達と共に通ったスキースクール時代は

今では私にとって宝物の時間となりました。

ただ楽で楽しかったことよりも、

苦しかったことを乗り越えられた経験というのは

いつまでも心に残るものらしいです。

習い事は、子供にとっても大人にとっても

その後の人生の行動パターンを形作る基礎となる

貴重な経験になるものだと思っています。

77歳一人暮らしの母の家の暖房ボイラー故障!工事までの1週間、厳寒の北海道で一時的に使うストーブは灯油か電気か?

昨夜、ウチの近くで一人暮らしをしている

77歳の母から家のボイラーが壊れたと電話が来ました。

洗濯機が壊れたばかりで、

すぐ次の日にボイラー故障とは…。

何かあるのかと思ってしまいますが、

たまたまの偶然なのでしょう(・・;)

 

母曰く、夕方にボイラーが突然点火しなくなり、

暖房が止まってしまったとのこと。

すぐ、業者さんに連絡して来てもらえたそうなのですが、

20年前のもので部品が無く、

全部新しいものに入れ替えなければならないそうなのですが、

冬はボイラー工事が立て込んでいて

1週間は工事が出来ないと言われたというのです。

 

母の家は灯油のセントラル暖房をつけており、

ボイラーで沸かしたお湯を家全体に循環させることで家を暖めています。

しかし、そのボイラーが壊れたとなると

家の中に他に暖を取れる物は何もありません。

北海道の冬、外気温は最高でも−2℃…。

これは、1週間も暖房無しでいたら

家が冷え切ってとても暮らせなくなってしまいます。

 

母は、「夕方に暖房が止まったばかりだから

まだ室内の温度は13℃くらいあるし、今夜は大丈夫だよ。」

と言いましたが、時間は夜8時。

急いで、10時までやっている近所の大型家電店に

母を連れてストーブを買いに行きました。

 

母は最初、「ボイラー業者さんから

灯油のポータブルストーブを用意した方がいいって言われたから

ポータブルストーブ買うかな。」と言いましたが…

この灯油のポータブルストーブというのは、

私も結婚当初使っていましたが

なかなか不便で、パーキンソン病と脊柱管狭窄症で

体の動きが不自由になってきている母には

とてもオススメ出来るシロモノではありません。

ランニングコストは安いのですが、

まず、灯油をガソリンスタンドで買う手間。

しかも、ポリタンク満タンに買ったら、重くてとても持てないです。

配達してもらえたとしても、給油の手間があります。

母なら一日中家にいるので

多分毎日給油が必要になるでしょう。

給油の際に必ずちょっとこぼれるので臭いもすごいし、

タンクのフタをひねって開けて、

キチンと閉めるというのが、今の母の握力では厳しいかな…。

そして、何より怖いのが一酸化炭素中毒の危険があることです。

家電店の店員さんに聞くと

「最低でも1時間に1回くらいは窓を開けて換気しないと、

燃焼によって室内の酸素を消費しきってしまい

一酸化炭素が発生して、危険な状態になります。」とのこと。

母は「なんも、ウチ広いから換気なんてしなくても大丈夫だ。」と

すかさず危険発言…(ーー;)

母の家は鉄筋コンクリートで出来ていて、

強制換気の設備がついているにも関わらず、

電気代がもったいないと常に切っていて

普段から全く換気されていないのです…。

いやいやいや…

母には絶対ポータブルストーブはダメだわ〜ʕ⁎̯͡⁎ʔ༄

 

そこで安全性を重視して、ランニングコストは高いけど

1週間のことなので、電気ヒーターを選びました。

1,100Wのヒーターで、1時間の使用で約30円だそうです。

寝る時は使わないので、最大でも1日15時間の使用。

1週間で約3,000円ちょっとでしょうか。

 

母の選んだヒーターはセラミックヒーターで、

遠赤外線が出ているそうです。

部屋全体を暖めるパワーはありませんが、

人自体を内側から暖めてくれるので

1人で使うなら十分の品ですね。

お値段は、先日購入した全自動洗濯機より高いという(^^;;

なかなかのお値段でしたが、ボイラーが直った後も、

家全体を寒めにしている母の家に訪ねてくるお客さん用に使うそうです(^_^;)

今日、電気ヒーターの威力を確かめに実家に行きましたが、

18帖のリビングの室温は16℃と、昨夜より少し暖かい状態でした。

ヒーターを切ると13℃まですぐに下がりますが、

このくらいの室温がキープされていれば

まあ1週間なら大丈夫でしょう。

 

それでも、明日の札幌の予想最高気温は−6℃!

早くボイラーが直ってくれることを祈ってますよ〜(>人<;)

 

↑ダイキンの「セラムヒート」

縦にも横にも使えて便利な上に、すごく暖かいです!

 

↑お部屋全体を暖める必要がある場合は、

やはりこちらのタイプの方が絶対暖かいそうです。

換気にはご注意を!!

 

パーキンソン病と脊柱管狭窄症の母。77歳にして全自動洗濯機デビューしました。

77歳一人暮らしの母の家の洗濯機が壊れました。

勝手に排水されてしまい、水がたまらなくなってしまったとのことです。

かれこれ20年は使っているので、致し方ないですね。

 

母は洗濯機には強いこだわりがあって、

今まで全自動洗濯機を使ったことがありません。

そう…

今まで実家はずっと二層式洗濯機だったのです(・・;)

 

かつての実家の洗面所はかなり狭くて、

全自動洗濯機を置くスペースは全くありませんでした。

なので、二層式洗濯機を使わざるを得ない状況だったので仕方ありません。

しかし、20年くらい前に実家を建て替えた時、

一般的な分譲マンションの4倍くらいの広さの洗面所にしたのです。

 

なのに、なのに…

だだっ広い洗面所だというのに

なぜか、そこにこだわりの二層式洗濯機がチンマリ置かれていて、

18年くらい前に洗濯機を買い替えた際にも

あえての二層式洗濯機を選んだのです…(ー ー;)

 

なぜ母がそこまで二層式洗濯機にこだわるのか?

まず、田舎育ちの母の家に洗濯機なる物が登場したのが

高校生の頃だったというので、

それまでタライと洗濯板しか知らなかった母にとって

二層式洗濯機でも十分ハイテクで

それ以上の機能はいらないと思い込んでいた、

ということがあるでしょう。

そして、母曰く

「洗濯物を分け洗いするのに、いちいち水を全部捨ててたらもったいないから。」

だそうです…。

まず、白物の服を洗い、次に色物の服を洗う。

その次に下着を洗い、最後に雑巾を洗う。

これを同じ洗濯水でやるためには

全自動洗濯機では1回1回排水されてもったいないと…。

 

いやいやいや。

今、1人で住んでてナンボ洗濯物あるって。

そんなに分け洗いする必要ありますかって。

今の服はほとんど色落ちしないから

白物と分けなくてもいいし、

下着と服、一緒に洗ったらそんなにダメですか?

さらに雑巾て…。

1人でナンボ雑巾…(-_-;)

 

しかも、母の洗濯機は「半自動」という、半端な機能になっていて、

洗い→すすぎまで自動でやってくれて、

最後の脱水だけを自分で脱水槽に移して行うタイプなのです。

じゃあ、もうすでに同じ洗濯水で分け洗い出来てないじゃん…。

 

二層式洗濯機の不便なところとして一番気になるのが、

洗濯槽と脱水槽の容量がイコールじゃないところです。

脱水槽の方が小さいので、満タンに洗濯すると

脱水を2回に分けなければいけないのです。

しかも、全自動洗濯機より洗濯物の絡まりが激しくて

全て中尾彬のマフラー状態…。

それをいちいちほぐして2回脱水って…。

私は実家を出た20年以上前から全自動洗濯機しか使ったことがありません。

それが、産後実家に1週間帰った時に

この二層式洗濯機を使う羽目になり、本当に面倒でした。

何がそんなに良くてこだわってんだか、

まず冷たい水に手を入れなきゃいけない苦痛。

脱水を2回に分ける面倒さ。

何で全自動洗濯機を使わないんだか、

全く意味不明で、早く自分の家に帰りたかったです(-_-)

 

今回、母から洗濯機が壊れたと聞いた時、

「また二層式洗濯機か…。」と思いました。

しかし、77歳でパーキンソン病で脊椎管狭窄症の母。

あと何年自分で洗濯出来るのでしょう。

今後、私が母の家に出向いて洗濯することも出てくるでしょう。

その時に二層式洗濯機…。

いや、いいけど…。

 

母に

「やっぱりまた二層式かい?」と聞くと

意外や意外!

「いや〜実はお姉ちゃんと妹達(84歳、82歳、76歳)から

アンタまだ二層式洗濯機使ってんの?

全自動便利だよって言われてさ…。

全自動にしようかと思って…。」と言って来たのです!

 

いや〜助かった!

叔母さん達ありがとう!

そうだよ、そうだよ。

時代はと〜っくに全自動なの!

 

そこで、母を連れて近所の大型家電店に洗濯機を買いに行きました。

私もウチの洗濯機を買い替えた10年前から

洗濯機売り場をろくに見たこと無かったのですが、

以前、「これからはドラム式!」と盛んにうたってたのが、

今は縦型洗濯機が主流なんですね。

あと、かつては小型洗濯機は4.2キロ洗いが主流だったんですが、

今はほとんど作っていなくて、

最低でも4.5キロ洗いからで、

ほぼ5キロ洗い以上になっている様です。

色々変わるものですね。

 

さて、母はどんな大きさの洗濯機を選ぶのでしょうか。

妹の叔母は1人でも、布団やカーテンを洗うからと10キロ洗いを使ってるとか…。

でも、母にはさすがに大き過ぎじゃないかな?

そう思っていると母が、

「今の洗濯機の下の洗濯機パンが

50センチ×80センチだから、そこに収まるサイズがいい。」と言い出しました。

いや〜そうなるとかなり限定されるけど…。

てか、洗濯機パンいる?

ウチはマンションでも使ったことありませんよ。

母は一軒家だから万が一水漏れしても

階下への影響って無いし、まず水漏れなんてほとんどしないでしょうよ。

 

売り場の人に聞いても、今はあまり洗濯機パンは使わないとのこと。

ですよねぇ。

しかし母は、長年置いてある洗濯機パンの跡が床に残ってるんじゃないかと。

それを直すのは嫌だと。

 

も〜(´Д` )

誰が母の家の洗面所まで来るってー。

誰も見ないんだから、跡がついたままでもいいんじゃないの?

と、思いますが、

そこは頑固ですよ。

 

じゃあ、その二層式洗濯機に合わせたサイズの洗濯機パンに入る

全自動洗濯機にするしかないね?

そうだね?

 

そして、さらに母はフタに窓がついてて覗けるタイプがいいと…。

いや、もう覗かなくてもちゃんと洗ってくれるからいいの〜。

途中でフタ開けたいとか、分かるけど

基本、”全自動”だから母さんは何もしなくていいの〜!

 

奥行50センチの全自動洗濯機となると

4.5キロか5キロ、5.5キロの3種類しかありませんでした。

一番大きな5.5キロは、スイッチの表記が全て英語なので辞め。

残る2種類は

同じメーカーの同型種のサイズ違いですが、

価格が10,000円以上違ったため、

一番小さな4.5キロの洗濯機にしました。

ちゃんとフタに窓ついてましたよ(‘ω’)/

 

あ〜良かった!

多分、これが最後の母の洗濯機になると思いますが、

77歳にして、やっと全自動洗濯機デビューですよ。

 

ちなみに、二層式洗濯機は根強い人気があるそうで、

店頭でも6.5キロと12キロの2タイプを展示していました。

しかし、母の使っている「半自動」タイプはもう無くて、

洗い→脱水→すすぎ→脱水の面倒すぎるタイプのみ。

作っているメーカーも日立のみ。

これでまだ「半自動」タイプがあったら、

母はまた二層式洗濯機を買っていたと思われるので、

無くなってて本当に良かったです。

 

やっと母が全自動洗濯機デビューしてくれたことは嬉しいのですが、

「なにやらボタンがいっぱいあってよく分かんないよ。

ちゃんと使えるかね。」と心配な様子…。

…これから使い方のレクチャーが必要なのか…。

だ・か・ら

もっと若いうちから慣れときゃいいのに…。

明日洗濯機が届いたら、また実家に行って

一緒に使ってみて教えましょうか…。

 

いや、まだ1人だから洗うほど洗濯物たまってないのか…(⌒-⌒; )

 

 

 

↑今の母の洗濯機はこんなタイプの二層式洗濯機です。

 

↑今度は奥行50センチのコンパクトな全自動洗濯機に買い替えました。

 

子供達が小さかった頃のクリスマスの思い出あれこれ。

もうすぐクリスマスですね( ^ω^ )

ウチは子供達も中3と高1ですので、もうサンタは来ませんが…

色々思い出すと懐かしいことがたくさんあります(o^^o)

 

娘が3歳、息子が2歳の頃のクリスマス。

2人に何が欲しいか聞くと

娘は、おもちゃ屋さんで見たおままごとセットでしたが、

息子は「ギョージャ」と一言…。

ギョージャって何?と思ってよく聞くと、「ママがこの間作ったの。」と…

なんと食べる餃子のことでした!

確かに美味しいと、たくさん食べてたっけ〜。

小さな子供らしい答えですよね(*´꒳`*)

結局、息子には餃子というわけにもいかず、

勝手に選んだ戦隊モノのおもちゃをプレゼントしたのですが

「ギョージャじゃない…」とガッカリされました(^_^;)

 

娘が5歳、息子が4歳頃のクリスマスには

娘は手芸か粘土のおもちゃ希望で、

息子はおもちゃ屋さんに連れて行っても、

ウルトラマンの700円のビニール人形1つのみ…。

娘との価格差、大きさの差を考えて、

夫が独自にハイパーホッケーのゲームをプラスしたら

「頼んでないのにきたね。あれパパ達の?」」と、

またあまり喜ばれませんでした(^◇^;)

子供と大人の価値観の違いですね。

 

しかし、子供達も大きくなってくると、

だんだん単純なおもちゃは欲しがらなくなり

DSを買ったりして、年々出費がかさむ様になりました(T-T)

 

娘が12歳、息子が11歳の時のクリスマスには

夫がKindleのタブレット端末をそれぞれにプレゼントとして選び、

自宅に宅配してもらうと子供達に気付かれるので、

母の家に送ってもらうことにしました。

しかし、そのことを母に伝え忘れてしまっていて(・・;)

いきなり届いた宅配の荷物を

母が、夫が自分あてに何か送ってくれたんだと思って開けてしまったのです!

 

母から震える声で

「あんた、荷物、あれ子供達へのクリスマスのだったんでしょ。

てっきり私に何か送ってくれたんだと思って開けちゃってさ…

何とか元どおりに戻してみたけど、やっぱり1回開けたって分かるわ…。」

と電話がきてビックリ!!

「ごめんー!!言い忘れてたー!元どおりに戻すの大変だったでしょー。」

と平謝りでした(>_<)

幸い子供達は全然気付かなかった様でホッとしましたが、

Kindleの分厚い紙の箱をボンドで無理矢理貼り付けた跡を見た時、

すでにパーキンソン病の症状で手の動きが鈍くなっていた母が

どれだけ困って必死になって直したことか…

本当に悪いことをしたな〜と反省しました(*_*)

 

娘が中学生になったのを機に、「実はサンタはパパとママだったんだよ。」と

カミングアウトしたら、

2人共「知ってたけど。」との答えでした(⌒-⌒; )

小学校高学年頃には分かっていたそうですが、

それを言っちゃうとプレゼントがもらえなくなると思って

サンタを信じているフリをしていたそうです。

 

今はもう、隠れてプレゼントを用意したり、

サンタが来るまでと言って、なかなか寝ようとしない子供達が寝るのを待って

夜中にこっそりと枕元にプレゼントを置く苦労も無くなりましたが、

終わってしまうと寂しいものですね(´ー`)

 

今は、弟の子供達がまだ小さいので

クリスマスプレゼントを用意する苦労話しなどを聞いて楽しんでいます(^^)

 

パーキンソン病と脊柱管狭窄症の77歳母。札幌市への介護認定更新申請→実際の訪問調査のお話しです。

母の介護認定更新のため、包括センターのケアマネージャーさんから

札幌市の区役所保健福祉課に申請を出してもらいました。

母は現在「要支援1」で、昨年から週1回のデイサービスに通っているので

今回の申請はケアマネさんから言って頂いて助かりました。

 

昨年の更新の際には、

その年に初めて介護認定を受けたばかりで、まだケアマネさんがついておらず、

自分で申請をしなければいけないことも全然知らなかったので

ブランクが出来てしまったのです。

新たに介護保険サービスを申し込もうと包括センターに連絡した際に指摘されて、

再認定されるまでの1ヶ月間程、介護サービスの利用が出来ませんでした。

こういうことって認定を受けた際に説明してくれればいいのですが、

そこはお役所ですね(-_-;)

 

さて、今年も市の職員の方の自宅訪問調査があったのですが

まずは名前を確認して、本人確認のため生年月日を聞かれます。

 

続いて病歴をみての質問調査です。

「パーキンソン病とのことですが、手の震えはありますか?」

「脊椎管狭窄症とのことですが、痛い場所はどこですか?」

「病院へはどのくらいの頻度で行っていますか?」など。

 

次に動作確認があります。

「座ったまま腕を前にまっすぐ伸ばしてみて下さい。」

「腕をそのまま横に水平に出来ますか?」

「腕を上に上げてみて下さい。」

「座ったままで両足を上に上げてみて下さい。」

「そこからそこまで歩いてみて下さい。」

「片足立ち出来ますか?」などです。

最後に、

・料理は出来ているか

・食事は取りにくくないか

・お風呂は1人で入れているか

・着替えは出来ているか

・寝返りは打てているか

・トイレには間に合っているか

・薬の管理は出来ているか

・外出は出来ているか

・お金の管理は出来ているか

・物忘れしやすくないか

など、生活面の細かなことを色々聞かれます。

 

全ての質問が終わると、

認定には年末年始を挟むため最大1ヶ月半程かかるということと、

認定結果は郵送で介護保険証が送られてくるので、

それで確認して下さいとの説明がありました。

認定調査の時間は全部で1時間くらいかかりました。

 

市の職員の方がお帰りになる時に

「最近は介護認定も厳しくなっているそうですが、

母の場合も取り消しなんてこともあるのでしょうか?」と聞くと

「それは絶対にありませんので大丈夫ですよ。」と断定されたので

ホッとした様な…。

昨年、初めて介護認定調査を受けた時には

「パーキンソン病なので多分認定されるとは思いますが…何とも分かりません。」

と言われたことを思い出すと

今年は病状が大分進んで、動作がかなり悪くなっているのは間違いない様です(-_-)

 

今後は利用者の増加から、

介護保険サービスも利用しづらくなっていきそうですが、

家族にとっては本当にありがたいサービスです。

全部を介護保険サービスにお任せするわけではなく

部分的に利用しながら、少しづつ弱っていく母を

少しでも長く今の家で暮らさせてあげたいと思っています。

 

パーキンソン病と脊椎管狭窄症の77歳母。ついにコープさっぽろの宅配サービス「トドック」デビューを決意!「トドック」の良い点、悪い点を挙げてみます。

母がついに「コープさっぽろ」の宅配サービス

「トドック」に申し込みをしました!

 

家から歩いて1分の場所にスーパーはあるものの、

脊柱管狭窄症とパーキンソン病を患っている77歳の母には

雪道を歩いての買い物は難しくなっているので、

少しでも今の生活を長く維持してもらうために

昨年から申し込む様に勧めていたのです。

 

最初は、スーパーが近いのと、娘の私も近くに住んでいるので

私が母の家の買い物も行けば良いと思っていたのですが…

実際に雪が積もってくると、

これから先何年こんな暮らしが続くのかな…

冬に旅行でも行こうものなら大変なことになるな…

いや冬だけじゃなく、その内夏だって長く家を空けるのは一切難しくなる…

やはり、私1人で母の生活の責任を持つのは難しいと思う様になり

改めて「トドック」を勧めたのです。

 

「トドック」を選んだ理由は

・インターネットが使えない人でもカタログを見て注文出来る。

・注文方法が配達員の方に申し込み用紙を渡すだけ、と簡単。

・留守の時でも玄関フードや、マンションなら宅配ボックスなど指定の場所に荷物を置いていってくれる(生鮮品でも7時間は持つクーラーボックスに入れてくれる)。

・65歳以上は宅配料無料(通常は216円。3歳以下の子供のいる家も無料、14歳までの子供のいる家は108円)。

・金額に関わらず配達無料で、牛乳1本からでもOK。

・毎週頼まなくても良い(最後の注文から9週間注文無しが続くと自動で休止扱いになってしまうが、再開も電話連絡で可能)。

・冬だけ使って、夏場は休止しても良い。

・支払いが銀行引き落としで、いちいち現金を出さなくて良い。

・品数が近所のスーパーより断然多く、週ごとに特売やオススメ商品がある。

など、高齢の母にも使い勝手が良いと思ったからです。

 

逆に少し不便かなと感じたのは

・まずコープの会員になって出資金を収めなければならない(かつて5,000円からだった出資金が、現在は1,000円からとかなり入会しやすくはなっている)。

・最初の出資金だけは、入会申し込みから1週間程で届く納付書で収めなければならない。

・週1回しか配達してくれない。

・配達の曜日や時間は「トドック」から指定される日時だけで自分で選べない。

・注文してから1週間後にしか配達されないので「今食べたい」に対応出来ない。

・概ね近所のスーパーより金額は高め(物によっては安いが)。

・カタログが多すぎて見づらい。

・注文用紙の字が見づらく書き方が分かりにくい(そのため薄型の簡易拡大鏡をプレゼントしてくれます)。

などで、慣れの問題で解消出来る部分もありますが

システム的なことは仕方ありませんね(⌒-⌒; )

 

入会を申し込んだ次の週(この時点で出資金は収めて無くても大丈夫)の

配達指定曜日に、配達員の方が家に来るそうなのでその方に注文書を渡して

その次の週から1回目の配達がスタートするそうです。

一番最初だけは、申し込んでから2週間以上先の配達になってしまいますので

母も雪が降る前に申し込んでおけば良かったかな…。

ちなみに、一緒に「トドック」をやってみようかと思っていた私ですが

やっぱり辞めました(^_^;)

理由は、うちは配達料がかかるのと近所のスーパーの方が安い、受け取りが面倒、

カタログを見て買うと絶対買い過ぎる自信があるから…デス(>_<)

母にはガッカリされましたが、仕方ないですよね(^^;;

 

何はともあれ、これで買い物の心配からは大分解放されました(´ω`)

今までは、近所のスーパーでいつも同じ物ばかり買って食べていた母なので

少し違った物を食べてくれれば良いのですが…。

 

 

脊柱管狭窄症とパーキンソン病の77歳母。今年初の雪道歩きで買い物へ!

今日は近くに住む77歳の母を

歩いて1分くらいの近所のスーパーに連れて行きました。

こんなに近いスーパーが、こんなに遠く感じる日が来るとは…(。-_-。)

 

札幌はまだ11月だというのに、もう根雪の気配濃厚で

去年雪道で転んで手の骨を折ってしまった母は、用心して近所のスーパーにも

歩いての外出が出来なくなっています。

でも、今日は割と気温が高く、滑らない雪だったので

思い切って母を促して、歩いて一緒に買い物に行ってみることにしました。

 

母が言うには、

1人で出掛けて、もし人のいないところで転んだら起き上がれないと思うと、怖くて出掛けられないとのこと。

確かに、去年転んだ時も誰もいなくて起き上がるのに大分苦労したと言っていました。

パーキンソン病なので、自分の意思で体の動きがコントロール出来なくなる時があるらしく

思わぬ転び方をしてしまう恐れがあるのです。

 

杖をついて、下を見ながらゆっくりゆっくり歩いていつものスーパーへ到着。

カートを押していざ買い物を始めると

最初に言っていたものだけじゃなく、あれもこれもとカゴに入ります。

やっぱり、自分で見ながら買い物する方がいいに決まってますもんね(o^^o)

20分くらい買い物をしてレジを済ませ、買った物を袋に詰めると

母はすでに大分しんどそうです。

それでも、自分のリュックにも荷物を入れて背負うと言ってきかないので

遠慮しながら、かさばって軽い物を中心に入れて背負わせました。

私の足なら1分で着く距離を7〜8分くらいかけて歩き、やっと家に帰ると

母はもうハーハーと大きな息切れです。

「どこまで買い物行って来たのってくらい疲れてるね。」と母をからかいながら

すっかり歳を取って弱ってしまった母に改めて驚きました。

若い頃は、肩も抜けそうなほど重い荷物を両肩に担いでサッサッと早歩きをし

いつも威勢が良かった母なのに、今ではすっかりヨロヨロのおばあさんです。

それでも、「今日、雪道歩いて買い物行けたから少し自信ついたよ。

滑らない日なら自分でまた行けるかも。」と言っていたので良かったです。

 

母は人に物を頼むのが苦手な人なので、買い物もなかなか頼んできません。

私から聞いても、「まだ大丈夫。」と断ってばかりでしたが

今日は結構な量の買い物があったので、不便をしていたんだと思います。

 

また、出来合いのおかずは嫌いだと、惣菜系は一切買わなかった母が

初めてカップラーメンを買ってみると言うので驚きました。

やはり母も少しづつ妥協して、まだあの家で暮らしたいと思っているのでしょう。

 

これからは、嫌がっていた宅配スーパーも頼んでみるとやっと言ってくれたので

資料を取り寄せているところです。

「私も宅配スーパー、便利らしいから使ってみようかと思ってるんだ。」と言うと

とても嬉しそうにしていました。

母は、自分へ厳しすぎる人なので

宅配スーパーを頼むのは怠けてると思われるのではないかと感じて、

かなり抵抗があったんだと思います。

あの歳と動きで宅配スーパーを頼んでも、誰もそんなこと思わないのですが

性分なんでしょうね…(´・ω・`)

でも、私が一緒なら抵抗無く受け入れてくれるでしょう。

 

この様子だと、次の冬にはもう歩いて買い物には行けないかもしれません。

1人暮らしがいつまで出来るか…もう数年のことでしょう。

 

介護が始まる日を恐れつつ、まだセーフまだセーフを繰り返しながら

なんとかこの冬はしのいでいきたいと思っています( ˘ω˘ )

 

大量の漬け物作業をやりたがる77歳母、ついに引退!か?

今年で77歳の母は、今の時期、毎年大量に漬け物を漬けたがります。

漬け物が大好きというよりは、激しい義務感で漬け続けてきた様に思います。

 

かつて実家では飲食店を営んでおり、そこで北海道の漬け物「にしん漬け」を出していました。

この頃は四斗樽という大きな木の樽4個に「にしん漬け」、

自宅用に三斗樽1個にタクアンを漬けていました。

 

 

私が小学生の頃は、10月半ば過ぎになると

土付きの大根150本を庭の水道で洗う作業に弟と共に駆り出されました。

父は基本的に何もしない人だったので

母と、小学3年生と4年生の2人という、今では信じられないメンバーでの大作業でした。

当時の北海道の10月半ば過ぎは今より寒く、もう雪がちらついていて

かじかむ手で大根を洗ってムシロの上に並べました。

洗った大根は一本一本ピーラーで皮をむいて、荒縄で物干し竿に吊るして2週間くらい干します。

大根の干し上がる11月初旬に「にしん漬け」を漬けるのですが、これが重労働でした。

メンバーはまたもや母と小学生2人。

さすがにこの日は父も多少は手伝いましたが、

中座ばかりしてほとんど何もしていなかったと記憶しています。

タクアン用に30本の大根を残し、120本の大根は「にしん漬け」用に乱切りします。

巨大なキャベツは3球ざく切り、人参、生姜は千切りします。

極め付けが「みがきにしん」のウロコ取りとカットです。

朝から夕方いっぱいまでほとんど休憩無しで漬けるこの「にしん漬け」作業は

途中でにしんを「みがきにしん」から

真空パックされている「糠にしん」に変えたことで

パッケージ開けと糠洗いと

にしんの三枚おろしという手間が加わってさらにパワーアップしましたが

おかげさまでお客様には大変好評でありました。

 

そんな飲食店も今から16年前に閉店しました。

私ももう娘が産まれた28歳。

小学生の頃から強要されてきた漬け物作業からやっと解放されたと思っていたら

母から「今年は店もやめたから三斗樽3個とタクアンだけにしたよ。」と言われました…。

え?

お客さんに出すわけでもないのに、何でそんなに大量に漬ける?

「漬け物はたくさん漬けないと美味しく漬からないからさ。」

いやいやいや、誰が漬けるんだって話し。

すでに60歳を過ぎた母と70歳を過ぎた父。

弟は仕事であてになりません。

当然の様に、また私が強要されての漬け物人生第2章の幕開けでした(~_~;)

 

それから14年間、少しずつ量を減らして、最終的には「にしん漬け」三斗樽1個になり、

土付き大根を干す作業もやめて、最初から干してある大根を使う様に簡略化してきました。

樽は水分を吸って重くなって大変だった木製から

プラスチックタイプに変更し

重石も不揃いの庭石を組み合わせて使うのはやめて

安定するポリエチレン製のものに変えました。

 

…が、父は亡くなり、母は75歳。

漬け物を漬け終わったあとの母の毎年のセリフ「あ〜やっと今年も大仕事終わったよ。」と

「結局自分ではほとんど食べないで人にやってるんだわ。」にいい加減キレました。

私も、「にしん漬け」は美味しいけど毎日なんか食べないので

散々漬けさせられても、ほとんど食べてはいませんでした。

それが母まで!?

ホンット何やってんのさ!

「だってみんな美味しいから頂戴って言うんだもん。図々しい人なら年に3回も取りに来るよ。」

…自分がメインで漬けれるんならナンボでもやればいいけど

私がいなかったら漬け物の買い物さえ行けなくなってるのに…

もう「にしん漬け」漬けなくていいって!( *`ω´)

こうして、やっと長かった「にしん漬け」人生から解放されましたが

タクアンは残りました…(ー ー;)

「タクアンなら楽だもの。」って…

だから、誰が漬けるんだって!

結局大根30本も漬けて、ほとんど人に配っていました。

母の悪い癖は、大して漬け物を欲しがっていない人にも

いかにも余って困ってる風を装って大量に押し付けるところです。

影で人をコキ使ってやっとの思いで漬けてるっていうのに…。

弟でさえ、無理矢理母に押し付けられる漬け物にヘキエキしていて

裏事情を知って驚いていました。

 

今年もタクアンを30本漬けました。

でも、もうこれも今年で終わりです。

パーキンソン病と脊柱管狭窄症で、体も手の動きも不自由になってきた母が

人に配るために何だってこんなに大量に漬け物を漬けなければならないのでしょうか。

私も小学生の頃から34年間、よくやってきたと思います。

 

母は北海道の田舎の大家族出身なのですが、

田舎ではいかに美味しい漬け物を漬けるかがステイタスだった様で

札幌に出てきて、この歳になってもやめることができなかったのでしょうか。

でも、母の姉妹達は誰も漬け物を漬けておらず、毎年、母にもらいに来ていました。

母はお店をやっていたので必要に迫られていたのと、

生真面目で自分に厳し過ぎる人なので

誰かが何の気なしに「今年も漬け物楽しみにしてるよ。」なんて言おうものなら

「今年も漬け物漬けなきゃ怠け者だと思われる!」と受け止めてしまい、

でも1人では到底無理なので、影で私をコキ使って漬けて

人には自分だけで漬けて、余ってしょうがない様な顔をしてしまう…。

なんだ、ソレ?!

私にはそんな性分はからきし無いので意味不明ですが、母は気の毒な性格だと思います。

 

「もうタクアンも今年でやめよう。」のセリフに母は非常に残念そうではありましたが

日常の生活もままならなくなってきているんだから仕方ありません。

「漬け物」はあくまで余興で漬けるんであって

まずは日常の買い物とご飯支度をかなり補助しなければならないのです。

 

…ていうか、1回やめたら二度と復活出来ないとか、意地でも絶対に毎年漬け続けるとか

母が一体何に対してこんなにムキになってるのか意味不明です(^_^;)

今年はやめとこうか〜的なユルさが全く無い母なので

逆にユルユルだった父にいつも怒ってばかりいたっけ。

しかし、残念。

私の性格は完全に父親似なので( ✌︎’ω’)✌︎

母の気持ちが全く理解出来ず、母の要望に答えきれませんσ(^_^;)

 

「もう、アンタ1人で漬けられるだろうさ。」と

何度も私に漬け物文化を継承したがっておりましたが

マンション住まいの家では漬け物の保管スペースもありませんし

そもそも漬け物、そんなに食べないし…。

てか、長年強要され続けてきたせいで、もう漬け物作業自体トラウマだし…。

やっとやっと解放された漬け物作業。

いつか懐かしく思う日が来るのでしょうか?

来年は本当に漬けなくて済みますように〜(>_<)