「習い事」カテゴリーアーカイブ

素人画家の展覧会出品。描き方やモチーフ選びで意識していることは?

私は7年くらい前から水彩画を習っているのですが

習い始めた詳しい経緯はこちらからご覧下さい。

毎年4月に教室主催の絵画の展覧会が開かれます。

これは、教室に所属している人は全員必ず1点出さなければならず、

水彩画を習っている人は水彩画を、

油絵を習っている人は油絵を出します。

教室には全部で80人くらいの生徒が所属しており、

そのうちの70人ほどが油絵の生徒。

油絵は100号サイズの大きな絵を出す方もいて

毎年かなり大規模な展覧会になります。

 

私も過去に6回、しがないながら水彩画を出させてもらいました。

最初の3年間は6号サイズ(縦41㎝横31.8㎝)で出していたのですが、

油絵と同じ会場では全く見栄えがしないため、

今は10号サイズ(縦53㎝横45.5㎝)で出しています。

それでも、油絵と並べると水彩画は色彩が淡いので

どうしてもインパクトが弱いですね(´・_・`)

水彩画の良さは

柔らかさや透明感、ふんわり感だとは思うものの、

やはり油絵と並べると見劣りしている様な気がしてしまいます(・・;)

そこで、昨年からは

「油絵風の水彩画」を目指して

水彩絵の具を何度も重ね塗りした

色の濃いインパクトの強い水彩画を描いてみています。

その甲斐あって、みなさんに油絵と間違われたりして

1人でニンマリ(*´꒳`*)

そんなことをしたら水彩画の魅力が無くなるかな?という心配も無く、

油絵とも違う雰囲気で楽しく描けました。

 

展覧会に出す絵のモチーフは自由なのですが、

これも悩みどころです。

毎年、同じテーマで描くか?

それとも違うテーマで描くか?

毎年同じテーマの場合は

観ればすぐに誰の絵か分かるという利点があり、

それはその人の特徴として捉えられます。

ただ、マンネリ感は否めません…。

また、違うテーマの場合は変化には富みますが、

観ただけでは誰の絵か分からないことが多く

特徴を出すという点では難があります。

先生曰く、プロの画家は大抵

自分の得意のモチーフというものを持っていて、

それで各々の特徴を出しているそうです。

 

私は最初、オーソドックスな風景画を描いて出していましたが、

先生の用意してくれた写真を元に描くので、

自分が行ったことも無い場所を描くことになり

思い入れも無いのでつまらなくなり、

途中からは、自分が描いていて楽しい

かわいいフランス人形を描くことにしました。

 

フランス人形は、私が高校生くらいの頃、

母が何かの展示会で

当時13万円くらいしたにもかかわらず

突然買って来たことがあります。

茶色い髪の毛に青い瞳、

なめらかな陶器で出来た顔と手は

薄ピンクでとても美しい人形なのですが、

髪の毛が本物の人間の髪の毛だと聞いて

家族中が敬遠してしまった過去があり(^^;

もったいないとは思いますが、今はホコリをかぶったまま実家に置いてあります。

でも、私がフランス人形を描きたいのも

あの人形のおかげかもしれませんので、

その時は無駄と思えることも

どこで生きてくるか分からないものですね。

 

人形は好き嫌いのあるモチーフなので、あまり描く人もおらず、

展覧会で人と被らない良さもあります。

前にあったのが、

せっかく途中まで描いていたのに

絵画教室暦30年超えの大先輩に、

同じモチーフを描きたいと言われて

譲らざるを得なかったパターン…(^^;)

私みたいな新参者より間違いなく上手に描かれるのも分かっていたので

サッと身を引いて別のモチーフを描くことにしましたが、

やはりこういうことはなるべく避けたいものです。

私程度のスキルでは、本当は人形は難しいのですが

やっぱり描いててウキウキするものは

取り組み時の情熱も全然違うので、最近はもっぱらフランス人形です。

 

教室で開く展覧会は、批評も販売も無いので

何年もやっていると時々、

絵を出したからなんなんだと思ってしまうこともあります(⌒-⌒; )

でも、こうして絵画教室に所属しているからこそ

しがない素人の私でも展覧会に絵を出品出来るので

本当にありがたいことです。

 

展覧会への出品も今年で7回目になりますので、

自分なりに気を付けているることや

意識していることを改めてまとめてみました〜(´ω`)

 

私が知っている、オリンピックを目指していたけど挫折してしまった人達の話し。

平昌オリンピックの男子フィギュアスケートで

羽生結弦選手が金メダル、

宇野昌磨選手が銀メダルを獲得しましたね!

両者とも、ここまで来る道のりは

どれほど長く苦しかったことでしょう…。

オリンピックを目指して長い期間練習に励んでも、

途中で挫折してしまう人の方が圧倒的に多いと思います。

私が小中学生だった頃にも、そんな子達がいました…。

 

私が小学生だった時、一つ下の学年で

スキージャンプをやっている男の子がいました。

その子は、北海道の真冬、気温−10℃などの日でも

毎日ランニングシャツに短パン姿で登校していて、

学校でも超有名人でした。

いつも真っ黒に日焼けした顔にスポーツ刈り。

“ザ・男”といった感じで、

毎日スキージャンプの練習に励んでいた様です。

中学に進学した際には、さすがに制服姿で登校しておりましたが

初めて彼の制服姿を見た時には

「長袖、長ズボン着るんだ…。」と驚いたくらいです(^^;)

中学時代も各種スキージャンプの大会に参加していた様ですが、

成績は今ひとつとの話で、全国大会にまでこぎつけられず、

結局、高校入学とともに辞めてしまったと聞きました。

彼のお母さんと私の母は時々会えば話す仲で、

色々聞いたところによると…

小学校時代のランニングシャツと短パン登校は

お父さんが体を鍛えさせるためと強制していたもので、

本人は非常に嫌がっていたそうです。

そして、高校もスポーツに力を入れている私立高校への進学を

お父さんは強力に勧めたそうですが、

本人が絶対に嫌だと拒否して

結局スキージャンプ自体辞めることになってしまったとのこと。

将来はオリンピック選手にしたいと

彼が幼い頃から一生懸命にサポートしていたお父さんは

非常に非常にガッカリしたそうですが、

年齢的にも、もう強制することが出来なくなったと…。

いやいや…

これを聞いて本当に彼がかわいそうになりました…(◞‸◟)

お父さん…

息子に期待したい気持ち、本当によく分かりますが…(-_-;)

親のサポートなくして

オリンピック選手になることは難しいと思いますが

どこまでがサポートで、どこからが強要なのか…

子育てに共通する悩みだな〜と

今、自分が子供を持つ身になって改めて考えてしまいます。

その後、彼は勉強があまり得意ではなかったこともあり

大学には進学しなかったと聞きましたが、

早いうちに別の道を模索出来たことは

彼にとっても良かったのではないでしょうか。

 

中学時代には三姉妹でスキーのアルペン競技をやっている子がいました。

三姉妹の真ん中の子と同級生だったのですが、

この子は、冬は全国大会にも出場するレベルで

夏もカナダに遠征して競技の練習に励んでいました。

なので、春と秋は普通に学校に来ますが、

夏と冬は長期で欠席していました。

彼女は、スキー焼けとトレーニング焼けで

年中真っ黒に日焼けしていたのですが

それをすごく気にしていて、普段は日焼け止めを大量に塗って

日陰しか歩かないなど、少しでも日に焼かない努力をしていました。

そして、「スキーが嫌いだ」といつも言っていました。

スキーのせいで日焼けする、みんなと遊べない、

勉強にもついていけない、姉妹で比べられる…。

でも、とにかくお父さんが怖くてスキーを辞めさせてくれないんだとも…。

彼女は中学卒業後、

札幌でも有名な、スポーツに力を入れている私立高校に

スキーの推薦で進学しました。

高校では授業は午前中だけで、午後はびっしりトレーニングだそうで

スポーツ推薦者はどの部活もそうだと言っていました。

そして、大学もスキーの推薦で東京の大学に進学しました。

オリンピックを目指して三姉妹でスキーアルペン競技を

幼い頃から続けて来た彼女でしたが夢叶わず…

結局、大学卒業とともにスキー競技から引退したそうです。

その後、一度は東京で就職したものの

数年で辞めて札幌に戻って来ました。

32歳頃に再会した時の彼女曰く

「スキーなんて昔から大っ嫌いだった。

もう二度と滑りたくない。

姉妹もみんな父さんが怖くてやらされてたけど

今はもうジジイだから言うこと聞かなくていいんだ。

でも、スキー辞めたら他に何もしてこなかったから

全然やること無いんだよね〜。」と…。

彼女のスキーの腕前は

全国大会に出場するレベルでしたので

北海道内でも相当なものだったと思います。

色々なことを犠牲にして長年頑張ってきて

そこまで上手になってもスキーが大っ嫌いって…

そのくらい辛い年月だったのでしょうね(;_;)

彼女はその後数年間

実家暮らしでアルバイト生活を送っていましたが

今は結婚して主婦業に励んでいる様です。

ちなみに、彼女のお姉さんは

スキーしかしない生き方は嫌だと公立高校に進学して

早々とスキーは引退したそうです。

妹さんは姉妹の中で一番スキーの成績が良く

高校も彼女と同じ私立高校に進学、

大学もスキーの推薦で進学したそうですが、

やはりもう引退していてスキーは嫌いだそうです(ー ー;)

 

オリンピックに行ける人は

本当に本当に一握りです。

その影では、たくさんの選手たちがしのぎを削って努力していますが

夢叶わなかった時にどうするか…

難しい問題ですね( ˘ω˘ )

私なんて、そこまで努力したことも無い人間なので

偉そうなことは何も言えませんが

子供にそこまで強制してでも何かをやらせるという

親御さんの情熱は本当にすごいものだと思います。

一度はスキーが嫌いになって

スキージャンプを辞めた彼も、スキーアルペンを辞めた彼女も、

もっと歳を取ったり、自身が子供を持ったりして

またスキーが懐かしくなる日が来るんじゃないかな…。

そこまでの技術を身につけた努力の経験は

きっと今後の人生でも彼らを支えてくれるはずですから

親御さんの苦労も決して無駄では無かったと思うのですが…。

 

平昌オリンピックに出場した選手達を見ると

本人のものすごい努力と、それをサポートし続けた周りの人達の努力を感じます。

その中で、さらにメダルを獲るまで活躍するということは

本当に奇跡に近いことだと思います。

メダリスト達が口々に

「周りのサポートのおかげです」、

「応援してくれたみなさんのおかげです」というのも

こういった陰の功労者の方々への感謝からなんですね(´-`).。oO

 

平昌オリンピックも残すところあと1週間。

表舞台に立つ人も、そのサポートに奔走する人も、

また、表舞台に立てなかった人達とそのサポートをし続けている人達も

みなさん本当に様々なドラマがあることでしょう。

だからこそ、メダルを獲得した喜びはひとしおで

私の様にテレビの前で観ているだけの者でもσ(^_^;)

感動を分けてもらえるのですね。゚(゚´ω`゚)゚。

 

習い事をやる意義とは?色々な習い事を次々と辞めてきた私が、子供達に習い事をさせてみて思い至ったこと。

今日も昨日に引き続き、習い事についてのお話です(o^^o)

 

私は子供の頃、

幼稚園の年長で英会話教室、

小学校1年生でスイミングスクール、

3年生〜4年生で絵画教室、

5年生で公文、

中学2年生〜3年生で学習塾、

高校3年生〜19歳まで琴教室に通っていました。

 

こうして書くと立派な習い事をしてきた様に見えますが、

どれも数ヶ月から長くても2年間くらいで辞めたものばかりで

重複して通ったものは1つもありません。

特に、高校3年生から母に無理矢理通わされた琴教室に関しては、

後半の1年間はサボってばかりでほとんど行ってませんでした…(ー ー;)

 

この中で、自分の意思で通ったものは絵画教室のみで、

先生の都合で教室閉鎖にならなければ

もっと通い続けていたと思います。

しかし、他の習い事は、

母が、友達のお母さんに勧められたという程度の動機で

私の意思を無視して勝手に申し込んだものばかりで

役に立ったと言えるのは学習塾だけです。

 

私の母は、「子供の時に色々なことをさせておけば

大人になってから好きなことを見つけるきっかけになるんじゃないか。」

と考えていたそうです。

確かにそれはその通りだと思いますが、

いかんせん、母は「継続させる」という点については全く無関心で、

私が辞めたいと言えば、猛烈に怒り出し

最後は「もうアンタなんか勝手にすりゃいいんだ!」

と怒鳴られ、数日は母から完全に無視される生活に耐えれば

辞めることができていました。

今思えば、絵画教室以外は

通うための送り迎えすら友達の親に任せて、

母は一度も見にも来なかったことから、

母の「教育熱心な母」でありたいという

理想倒れだったんだと思います。

そして、父に至っては

「そんなもんで食える様にならないぞ。」の一言で

習い事全般不要という考え方でした(-_-;)

 

対して私の夫は

公文、学習塾、スイミングスクール、スキースクールに

通っていたそうで、

特にスキースクールはアルペン少年団に所属して

競技スキーを5年間くらいやっていたそうです。

夫の両親の考え方は

「何か1つでいいから得意と言えるものを身につけさせることが

生涯、自分を支えてくれる自信になる。」というもので、

これを聞いた時に、いたく感心しました(;_;)

ウチの父とは全く違うし、

母の付け焼き刃な表面的な理想とも違う、

本当に子供のことを考えてるんだな〜と思ったのです。

夫が言うには

三兄弟で通っていて、もう行きたくないということも

多々あったけど、お母さんが必ず送り迎えしてくれて、

励ましやアドバイスをして説得してくれていたそうです。

そして目標を決めて、そこまで到達するまで辞めてはいけないと

厳しくされていたとも…。

 

ウチの子供達も

公文に4年間、スイミングスクールに4年間、

学習塾に娘は1年弱、息子は今5年目、

スキースクールに3〜4年間通わせました。

 

スイミングスクールは途中何度も辞めたがりましたが、

送り迎えや見学に行き、説得して褒めてなだめて、

2人共なんとかクロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライの

四泳法習得まで出来たので辞めさせました。

 

スキースクールは、

途中から夫も一緒に通い出したこともあり、

送り迎えは必ず行っていました。

娘はスキーが上手で大好きなので、文句を言う時もありましたが

検定を目標に楽しんで通ってくれてました。

しかし…

息子は娘ほどスキーが上達しないこともあり、

何度も「スキー嫌い、行きたくない。」と泣いてごねて困りました。

「もう、かわいそうだから辞めさせようか…。」

と散々悩みましたが、夫は

「◯◯ちゃんはスキーが嫌いなんじゃない。

上達出来なくて検定に受からないから嫌なだけなんだ。

でも、ここで辞めたら挫折感しか残らない。

今は辛くても、最後SAJの級別1級を取れるまで頑張らなきゃダメだ。」

と、息子を説得しました。

それでも毎回泣いてごねる息子に、ついに

「お母さんも一緒にスクールに入って検定受けるから、

頑張って一緒に続けよう。」と言うしかなく、

何とか続けさせることが出来たのです(´-ω-`)

しかし、息子に一緒に頑張ろうとは言ったものの…

スキーなんて八の字のボーゲンしか出来なかった私なので

内心、何度も挫折しそうになりましたf^_^;

でも、子供の頃、

一度も習い事の様子を見にも来てくれなかった母を思い出し、

親が無関心なことを子供だけに頑張れと言う矛盾は

結局、子供の上達に結びつかないと痛感していたので

息子が級別1級の検定に受かるまでの2年間、

何とか頑張って続けました。

 

結局子供達は2人共、6年生までスキーを続け、

最後はSAJ検定の級別1級まで取らせることが出来たので

本当にあの時辞めさせてなくて良かったと

夫に感謝しています。

ちなみに私は級別2級止まりで辞めてしまいましたが(^^;;

ボーゲンしか出来なかったことから考えるとかなり上達出来たし、

「こんな私でもやれば出来るんだ」とちょっと自信に繋がりました。

 

それまでの私は、

嫌ならすぐに辞めることばかり繰り返していたので

その時は楽でも、どこか心の中に自分への後ろめたさや、

「私なんてどうせ何をやっても出来るわけが無い」といった

挫折感がくすぶっていて、

自信の無さをごまかすために頑張っている人を批判してみたり、

否定するクセがついていたと思います。

でも、このスキーの一件で頑張る楽しさを知り、

頑張る人を自然と応援することが出来る様になりました。

そして、夫の優しさや粘り強さは

こういった環境で育てられた賜物なんだと気が付きました。

 

私も夫の両親みたいな人達に育てられてたら、

人生大きく違ったんじゃないかな…。

そう思ったことも何度もあります。

でも、母を反面教師にして、

私は夫とは違った目線で

子供の心に寄り添うことが出来ると思っていますので、

これも宿命なのでしょうね(´-`).。oO

 

今、娘はスキーが学年で1番上手いと

自信を持って学校のスキー学習に臨めています。

最初はスキーしか得意なことが無かったのに、

今では他にも頑張って英検にもチャレンジし、

得意なことを自分で増やしていっています。

 

息子は、スキーは学年4番くらいの腕前らしく、

自信まで持ってはいませんが

それでも、途中で辞めないでやり遂げた経験からか、

一昨年から1年1ヶ月の間、ほぼ毎日学習塾に

授業の無い日も自習に通い続けることが出来ています。

努力の蓄積のおかげか、学力も上がり始め

これで受験に受かってくれれば

また少し自信に繋がる経験になるのではと思っています。

 

習い事は、私の父の様に

「それで食える様にならないぞ。」といった

単に技術習得目的だけでは無い側面が強いと思います。

自分を信じる力や、継続する忍耐力、

上達出来ない時の心の持ち様、

上手くなっていく仲間への嫉妬心のコントロール、

逆に嫉妬の対象になってしまった時のかわし方、

上手くいかなくて悩む仲間への励ましや

応援してもらうことの喜び、

そしてやり遂げた達成感…。

こういった経験が、その後の人生の中で

その人の行動パターンを形作っていく元になるんだと思います。

 

また、子供が挫折しそうな時に

説得して続けさせるのにも親は本当に忍耐力がいります。

なだめたり褒めたり、泣いたり怒ったり、

はたまた一緒にやってみたり…。

でも、こうして苦労して続けさせた結果は

決して悪くはなかったと思っています。

 

どこまでが子供のためなのか、どこからが強要なのか…?

その判断も本当に難しいです(-_-;)

でも、どんな習い事でも

親が関心を持って話しを聞いて褒めてあげることが

何より大切だと思います。

親がスクールに任せっきりで知らん顔では

子供もやる気を失います。

私が子供の頃も、

どれだけ母に見に来て欲しかったことか…。

子供は結局、親に褒められるために頑張っていることが

多いのではないでしょうか。

自己鍛錬とか、己の目標に向かって、なんていうのは

もっと大人になってからの話しです。

まずは、お父さんお母さんの喜ぶ顔や

褒めてくれることを目標に頑張るのです。

そして、やっているうちに上手くなって

そのもの自体が好きになる。

そうなるまで、親がサポート出来れば

後は自分の力で進んで行ってくれるんだと思います。

 

ウチの子供達は、今は高校1年生と中学3年生で、

息子の学習塾以外はもう習い事は何もしていません。

中学校以降は学校の部活があるので、

他の習い事まで時間が取れないし、

もう、親の意思だけで子供に習い事をさせることも出来ないからです。

 

子供達と共に通ったスキースクール時代は

今では私にとって宝物の時間となりました。

ただ楽で楽しかったことよりも、

苦しかったことを乗り越えられた経験というのは

いつまでも心に残るものらしいです。

習い事は、子供にとっても大人にとっても

その後の人生の行動パターンを形作る基礎となる

貴重な経験になるものだと思っています。

習い事の続かない私が唯一続けている「水彩画」。そのきっかけと要因とは?

私はかれこれ7年以上、水彩画を習っています。

きっかけは子供の頃に習っていたから…なんですが、

なぜ子供の頃に習いに行ったかというと、

母が、たまたま高校時代の恩師だった美術の先生に

卒業して30年振りに道でばったり会い、

先生から

「今は教師を辞めて、子供に水彩画を教えてるから

良かったら習わせにおいで。」と声をかけられたから、なんですね。

 

その時、私は小学3年生、弟は2年生でした。

私は絵を描くのが大好きだったので

大喜びで習いに行くことにしました。

先生の教室までは電車とバスを乗り継いで

片道1時間半以上はかかっていましたが、

毎週土曜日、母が連れて行ってくれるのが

本当に楽しみでした(๑˃̵ᴗ˂̵)

 

弟は絵が苦手で習うのが苦痛だったそうで、

今でもトラウマらしいですが(^^;)

先生のお家はヨーロッパで買い付けてきたという

素敵な洋食器やフランス人形がたくさん飾ってあり

夢の様に素敵なお家でした。

先生は50代の男の先生で、

全部で10人くらいいた小学生の生徒全員の絵を

丹念に観てまわっては声をかけてくれました。

先生が一筆加えるだけで

絵がパッと変わる魔法の様な瞬間を見るのも大好きでした。

 

しかし、そんな楽しい時間は1年間くらいで終わってしまいました( ; ; )

先生が、フランスに絵を描くために

長期で行くことになり

絵画教師も閉鎖することになったからです。

子供心に絵画教室を辞めるのが非常に残念で

母に頼んで、すぐに近所の別の水彩画教室に通わせてもらったのですが…。

 

ここの先生はガリガリに痩せた40代くらいの女の人で、

ずっとたばこを吸っていて、とても怠惰な雰囲気でした。

教室全体も陰気ですごく嫌なムードが漂っていて、

先生は生徒が描いた絵を自分から観せに行くまで

たばこを吸うばかりで知らん顔。

せっかく描いた絵を観せても冷たく辛辣なダメ出しをして、

習っている子も誰も楽しそうではありませんでした。

「先生は絵が嫌いなのかな…。」とすごくガッカリして、

4回くらい行って辞めてしまいました。

 

その後は絵を習うことも無く大人になり、

普段も描くことも全くありませんでした。

 

それが…

娘が小学5年生の時、

娘が学校の美術の授業で描いてくる絵を観ていて、

本格的に絵を習わせてはどうか?

私も一緒に通ってもいいなと思い、

札幌市内の絵画教室をネットで探し始めたのです。

 

色々見ている中で、

見覚えのある苗字の先生が運営する油絵の絵画教室を見つけました。

しかし、子供の頃に習っていた先生は

すでに亡くなられたと聞いていたし、

息子さんはいたけど、絵はやっていないと聞いていました。

でも、珍しい苗字なので、もしかしたら…。

また、教室の場所もウチから歩いて20分くらいの場所。

思い切って見学に行ってみようか…。

 

さっそく次の日、

ホームページでは休みになっていたにも関わらず、

ダメ元でその絵画教室に電話してみました。

すると、すぐに男の先生が出られて、

「ああ、ホームページの情報を直してなくてごめんなさい。

実は1年前に、今まで休みだった曜日に

水彩画のクラスを作ったんです。

今も授業をやっているところなので、

もし良かったらこれから見学に来ませんか?」

と言われたのです!

すごい偶然!

さっそく、ワクワクしながら見学に伺いました。

 

迎えて下さった先生は

子供の頃に通った水彩画教室の先生に似ていました。

特に、声はそっくり…。

やっぱり、あの先生の息子さんなのでは?

思い切って先生に伺うと、やはり息子さんでした。

こんな偶然ある?と、もうビックリ!

残念ながら、子供は教えていないとのことで

なんと私1人が水彩画教室に通うことになったのです!

娘に絵画教室の話しをすると

「全然行きたくない。」との返事だったので、

かえって無理強いしなくて良かったのかもしれません(^^;

それから7年以上通っていますが、

子供の頃から数々の習い事をした中で

ここまで続いているのは水彩画だけです。

これも、子供の頃に少しでも習っていたおかげだし、

上手い上手くないは別にして、

私は絵を描くのが本当に好きだからなんだと思います。

 

また、先生がお父さん先生と同じで

本当に生徒の感性を大事にしてくれるいい先生なのも

続けられている要因です。

そして、先生の一筆で

魔法の様に絵が変わる様もお父さん先生と同じ!

その時の先生の筆運びや仕草が

「この人は本当に絵が好きなんだな〜」と思わせてくれる仕草で、

これも嬉しい瞬間なのです。

また、生徒さんもみなさん本当にいい方ばかりで、

これも先生の人柄あってのことなのでしょう。

 

無趣味な私の唯一の趣味として、

水彩画はこれからも、まだまだ続けていきたいと思っています(o^^o)

 

↑絵の具はもっぱら「ホルベイン」を愛用しています。